・・・ 物語の著者も知らるるごとく、山男の話は諸国到る処にあり。雑書にも多く記したれど、この書に選まれたるもののごとく、まさしく動き出づらん趣あるはほとんどなし。大抵は萱を分けて、ざわざわざわと出で来り、樵夫が驚いて逃げ帰るくらいのものなり。・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・しかし古い立派な人の墓を掘ることは行われた事で、明の天子の墓を悪僧が掘って種の貴い物を奪い、おまけに骸骨を足蹴にしたので罰が当って脚疾になり、その事遂に発覚するに至った読むさえ忌わしい談は雑書に見えている。発掘さるるを厭って曹操は多くの偽塚・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・源氏以外の文学及びまた更に下っての今昔、宇治、著聞集等の雑書に就いて窺ったら、如何にこの時代が、魔法ではなくとも少くとも魔法くさいことを信受していたかが知られる。今一いちいち例を挙げていることも出来ないが、大概日本人の妄信はこの時代にうんじ・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・こういう向の雑書を猟ることは、尤も、相川の目的ではなかったが、ある店の前に立って見渡しているうちに、不図眼に付いたものがあった。何気なく取上げて、日に晒された表紙の塵埃を払って見る。紛も無い彼自身の著書だ。何年か前に出版したもので、今は版元・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・事柄の内容のみならずその文章の字句までも、古典や雑書にその典拠を求むれば一行一行に枚挙に暇がないであろうと思われる。 勿論、馬琴自身のオリジナルな観察も少なくはないであろうが、全体として見るときは彼の著書には強烈な「書庫の匂い」がある。・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・生花はもちろん茶道、造園、能楽、画道、書道等に関する雑書も俳諧の研究には必要であると思う。たとえば世阿弥の「花伝書」や「申楽談義」などを見てもずいぶんおもしろいいろいろのものが発見さるるようである。日本人でゲーテやシェークスピアの研究もおも・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・ けだし意味深遠なる著書は読者の縁もまた遠くして、発兌の売買上に損益相償うを得ず、これを流行近浅の雑書に比すれば、著作の心労は幾倍にして、所得の利益は正しくその割合に少なし。大著述の世に出でざるも偶然に非ざるなり。いずれも皆、学問上には・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・文学作品も多いけれども、はっきりそうとも云えない雑書風のものもまことに多い。 数年来云われて来たインフレ出版の現象は、急速な社会全般の情勢のうつりかわりとともにこれ迄の文化伝統が変動しつつあることの一つの相貌として、云ってみればこれ迄出・・・ 宮本百合子 「女性の書く本」
出典:青空文庫