・・・これじゃ頼もしくないと思って、雑木の涼しい影が落ちている下へ、くたびれた尻をすえたまま、ややしばらく見ていたが、やはりくだらないという心もちは取消しようがない。第一、そばに立っている日本風のお堂との対照ばかりでも、悲惨なこっけいの感じが先に・・・ 芥川竜之介 「樗牛の事」
・・・竹藪は何時か雑木林になった。爪先上りの所所には、赤錆の線路も見えない程、落葉のたまっている場所もあった。その路をやっと登り切ったら、今度は高い崖の向うに、広広と薄ら寒い海が開けた。と同時に良平の頭には、余り遠く来過ぎた事が、急にはっきりと感・・・ 芥川竜之介 「トロッコ」
………僕は何でも雑木の生えた、寂しい崖の上を歩いて行った。崖の下はすぐに沼になっていた。その又沼の岸寄りには水鳥が二羽泳いでいた。どちらも薄い苔の生えた石の色に近い水鳥だった。僕は格別その水鳥に珍しい感じは持たなかった。が、余り翼など・・・ 芥川竜之介 「年末の一日」
赤沢 雑木の暗い林を出ると案内者がここが赤沢ですと言った。暑さと疲れとで目のくらみかかった自分は今まで下ばかり見て歩いていた。じめじめした苔の間に鷺草のような小さな紫の花がさいていたのは知っている。熊笹の折・・・ 芥川竜之介 「槍が岳に登った記」
・・・まだ宵だというに、番頭のそうした処は、旅館の閑散をも表示する……背後に雑木山を控えた、鍵の手形の総二階に、あかりの点いたのは、三人の客が、出掛けに障子を閉めた、その角座敷ばかりである。 下廊下を、元気よく玄関へ出ると、女連の手は早い、二・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・芝茸、松茸、しめじ、松露など、小笹の蔭、芝の中、雑木の奥、谷間に、いと多き山なれど、狩る人の数もまた多し。 昨日一昨日雨降りて、山の地湿りたれば、茸の獲物さこそとて、朝霧の晴れもあえぬに、人影山に入乱れつ。いまはハヤ朽葉の下をもあさりた・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・が草深い雑木の根を、縦に貫く一列は、殿の尾の、ずんぐり、ぶつりとした大赤楝蛇が畝るようで、あのヘルメットが鎌首によく似ている。 見る間に、山腹の真黒な一叢の竹藪を潜って隠れた時、「やーい。」「おーい。」 ヒュウ、ヒュウと幽に・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・庭の正面がすぐに切立の崖で、ありのままの雑木林に萩つつじの株、もみじを交ぜて、片隅なる山笹の中を、細く蜿り蜿り自然の大巌を削った径が通じて、高く梢を上った処に、建出しの二階、三階。はなれ家の座敷があって、廊下が桟のように覗かれる。そのあたり・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・一方は雑木山、とりわけ、かしの大樹、高きと低き二幹、葉は黒きまで枝とともに茂りて、黒雲の渦のごとく、かくて花菜の空の明るきに対す。花道をかけて一条、皆、丘と丘との間の細道の趣なり。遠景一帯、伊豆の連山。画家 (一人、丘の上な・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・ほかはことごとく雑木でいっせいに黄葉しているが、上のほう高いところに楓樹があるらしい。木ずえの部分だけまっかに赤く見える。黄色い雲の一端に紅をそそいだようである。 松はとうていこの世のものではない。万葉集に玉松という形容語があるが、真に・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
出典:青空文庫