・・・そういう小屋が、草を積み重ねたように離れ離れにわびしく立っていた。 農場の事務所に達するには、およそ一丁ほどの嶮しい赤土の坂を登らなければならない。ちょうど七十二になる彼の父はそこにかかるとさすがに息切れがしたとみえて、六合目ほどで足を・・・ 有島武郎 「親子」
・・・頭の中で離れ離れになってなんの連絡もなかったいろいろの場所がちょうど数珠の玉を糸に連ねるように、電車線路に貫ぬかれてつながり合って来るのがちょっとおもしろかった。 学校で教わったり書物を読んだりして得た知識もやはり離れ離れになりがちなも・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・前者は与えられた一つのものに内在する有機的構造を分析展開して見せるに対して、後者は与えられた離れ離れの材料からそれによって合成されうべき可能の圏内に独創機能を働かせて建築を構成し綾錦を織り成すものだとも言われないことはないのである。こういう・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・小笹に蔽われた道端に、幹の裂けた桜の老樹が二、三株ずつ離れ離れに立っている。わたくしが或日偶然六阿弥陀詣の旧道の一部に行当って、たしかにそれと心付いたのは、この枯れかかった桜の樹齢を考えた後、静に曾遊の記憶を呼返した故であった。 江北橋・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・たとい忌わしき絆なりとも、この縄の切れて二人離れ離れにおらんよりはとは、その時苦しきわが胸の奥なる心遣りなりき。囓まるるとも螫さるるとも、口縄の朽ち果つるまでかくてあらんと思い定めたるに、あら悲し。薔薇の花の紅なるが、めらめらと燃え出して、・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・二人離れ離れになっちまうよ」「大丈夫だ。どうしたって死ぬ気遣はないんだ。どうかしたら大きな声を出して呼ぶよ」「うん。呼んでくれたまえ」 圭さんは雲と煙の這い廻るなかへ、猛然として進んで行く。碌さんは心細くもただ一人薄のなかに立っ・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・挨拶などもただ咽喉の処へせり上って来た字を使ってほっと一息つくくらいの仕儀なんだから向うでこっちを見くびるのは無理はないが、離れ離れの言語の数から云えばあなたよりも我輩の方が余計知っておりますよといってやりたいくらいだ。それからよく御婆さん・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・――昔しあるお大名が二人目黒辺へ鷹狩に行って、所々方々を馳け廻った末、大変空腹になったが、あいにく弁当の用意もなし、家来とも離れ離れになって口腹を充たす糧を受ける事ができず、仕方なしに二人はそこにある汚ない百姓家へ馳け込んで、何でも好いから・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・が併し私の露語を離れ離れにしては実業に入れぬから、露国貿易と云うような所から段々入ろうと思った。そして国際的関係に首を突込んで、志士肌と商売肌を混ぜてそれにまた道徳的のことも加えたり何かして見ると、かのセシルローズなぞが面白い人物と思われる・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・ 弱い弱い視力を凝らして、堅い字を、罫紙にならべて行くうちに眉間が劇しく痛んで、疲れのために、字のかくは離れ離れになり、字と字の間から、種々なまぼしい光線が出て、こちゃこちゃに入り混って、到底見分けて居られなくなった。 紙をまとめて・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
出典:青空文庫