・・・「へい、その事に就きまして、唯今はまた飛んだ手前勝手な御難題、早速御聞済下さいまして何とも相済みませぬ。実は私からお願い申しまする筈でござりましたが、かようなものでも、主人と思召し、成りませぬ処をたっても御承知下さいますようでは、恐れ入・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ と手強き謝絶に取附く島なく、老媼は太く困じ果てしが、何思いけむ小膝を拍ち、「すべて一心固りたるほど、強く恐しき者はなきが、鼻が難題を免れむには、こっちよりもそれ相当の難題を吹込みて、これだけのことをしさえすれば、それだけの望に応ずべし・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・お礼を言わぬどころか、あの人は、私のこんな隠れた日々の苦労をも知らぬ振りして、いつでも大変な贅沢を言い、五つのパンと魚が二つ在るきりの時でさえ、目前の大群集みなに食物を与えよ、などと無理難題を言いつけなさって、私は陰で実に苦しいやり繰りをし・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・きょうのこの、思わぬできごとのために、私の生涯が、またまた、逆転、てひどい、どん底に落ちるのではないか、と過去の悲惨も思い出され、こんな、降ってわいた難題、たしかに、これは難題である、その笑えない、ばかばかしい限りの難題を持てあまして、とう・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・というような、安堵に似たものを感ずるらしいが、私の苦悩の殆ど全部は、あのイエスという人の、「己れを愛するがごとく、汝の隣人を愛せ」という難題一つにかかっていると言ってもいいのである。 一言で言おう、おまえたちには、苦悩の能力が無いのと同・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・妹も、そのころは、痩せ衰えて、ちから無く、自分でも、うすうす、もうそんなに永くないことを知って来ている様子で、以前のように、あまり何かと私に無理難題いいつけて甘ったれるようなことが、なくなってしまって、私には、それがまた一そうつらいのでござ・・・ 太宰治 「葉桜と魔笛」
・・・僕は大井広介とは、遊んだ事もあまり無いし、今日まで二人の間には、何の恩怨も無かった筈だが、どういうわけか、このような難題を吹きかける。実に、困るのだ。大井君、僕は野暮な男なんだよ。見損っているらしい。きっちり四百五十六字の文章なんて、そんな・・・ 太宰治 「無題」
・・・飛行機と突風との関係に似ていっそう複雑な場合であるから、世界じゅうの航空力学の大家でも手こずらせるだけの難題を提供するかもしれない。 このおもちゃは、たしかに二十年も前にやはり夜店で見たことがあるから、かなり昔からあるかもしれない。もし・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・例えば犬百題など云う難題でも何処かから材料を引っぱり出して来て苦もなく拵える。いったい無学と云ってよい男であるからこれはきっと僕等がいろんな入智恵をするのだと思う人があるようだが中々そんな事ではない。僕等が夢にも知らぬような事が沢山あって一・・・ 寺田寅彦 「根岸庵を訪う記」
・・・ところが、鳶の清五郎が、組んで居た腕を解いて、傾げる首と共に、難題を持出した。「全体、狐ッて奴は、穴一つじゃねえ。きつと何処にか抜穴を付けとくって云うぜ。一方口ばかし堅めたって、知らねえ中に、裏口からおさらばをきめられちゃ、いい面の皮だ・・・ 永井荷風 「狐」
出典:青空文庫