・・・……巫山戯た爺が、驚かしやがって、頭をコンとお見舞申そうと思ったりゃ、もう、すっこ抜けて、坂の中途の樫の木の下に雨宿りと澄ましてけつかる。 川端へ着くと、薄らと月が出たよ。大川はいつもより幅が広い、霧で茫として海見たようだ。流の上の真中・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・博士は、花屋さんの軒下に、肩をすくめて小さくなって雨宿りしています。ときどき、先刻のハンケチを取り出して、ちょっと見て、また、あわてて、袂にしまいこみます。ふと、花を買おうか、と思います。お宅で待っていらっしゃる奥さんへ、お土産に持って行け・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・と素直に、私と並んで豆腐屋の軒下に雨宿りして、「津軽でしょう?」「そうです。」自分でも、はっと思ったほど、私は不気嫌な答えかたをしてしまった。片言半句でも、ふるさとのことに触れられると、私は、したたか、しょげるのである。痛いのである。・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・若侍が剣術の道具を肩にかついで道場から帰る途中、夕立になって、或る家の軒先に雨宿りするのですが、その家には十六、七の娘さんがいてね、その若侍に傘をお貸ししようかどうしようかと玄関の内で傘を抱いたままうろうろしているのですね。あれは実に可愛か・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・いつもの日和下駄覆きしかど傘持たねば歩みて柳橋渡行かんすべもなきまま電車の中に腰をかけての雨宿り。浅草橋も後になし須田町に来掛る程に雷光凄じく街上に閃きて雷鳴止まず雨には風も加りて乾坤いよいよ暗澹たりしが九段を上り半蔵門に至るに及んで空初め・・・ 永井荷風 「夕立」
・・・他の一部の若い人々は全く山村のようにくよくよしずにさりとて現状に抗わず、僅かに自分の時間でせめては本だけでも読んだりして雨宿りでもしているように、現在の状態が通り過ぎることを傍観的に待っている。そのようにして「やがての時代までも健康に生きの・・・ 宮本百合子 「ヒューマニズムへの道」
出典:青空文庫