・・・ 確かに今乗った下らしいから、また葉を分けて……ちょうど二、三日前、激しく雨水の落とした後の、汀が崩れて、草の根のまだ白い泥土の欠目から、楔の弛んだ、洪水の引いた天井裏見るような、横木と橋板との暗い中を見たが何もおらぬ。……顔を倒にして・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・……雨水が渺々として田を浸すので、行く行く山の陰は陰惨として暗い。……処々巌蒼く、ぽっと薄紅く草が染まる。嬉しや日が当ると思えば、角ぐむ蘆に交り、生茂る根笹を分けて、さびしく石楠花が咲くのであった。 奥の道は、いよいよ深きにつけて、空は・・・ 泉鏡花 「七宝の柱」
梅雨の頃になると、村端の土手の上に、沢山のぐみがなりました。下の窪地には、雨水がたまって、それが、鏡のように澄んで、折から空を低く駆けて行く、雲の影を映していました。私達は、太い枝に飛びついて、ぶら下りながら赤く熟したのから、もぎとり・・・ 小川未明 「果物の幻想」
・・・その中に雨水がたまっていた。自分はその水中に右の人差し指を浸してちょっとその鋲の頭にさわってみた。 この火山の機巧の秘密を探ろうと努力している多くの熱心な元気な若い学者たちにきわめて貴重なデータを供給するために、陸地測量部の人たちが頻繁・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・この石の中ほどにたしか少しくぼんだところがあって、それによく雨水や打ち水がたまって空の光を照り返していたような記憶がある。しかし、ことによるとそれは、この石の隣にある片麻岩の飛び石だったかもしれない。それほどにもう自分の記憶がうすれているの・・・ 寺田寅彦 「庭の追憶」
・・・熾烈な日光が之を熱して更に熱する時、冷却せる雨水の注射に因って、一大破裂を来たしたかと想う雷鳴は、ぱりぱりと乾燥した音響を無辺際に伝いて、軈て其玻璃器の大破片が落下したかと思われる音響が、ずしんと大地をゆるがして更にどろどろと遠く消散する。・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・ぼんやり格子に額を押しつけて、雨水に浮く柿の花を見ている。いつまでも雨が降り、いつまでも沢山の壺のような柿の花が漂っているから、子供達もいつまでもそれを見ている。風がパラパラパラと雨を葉に散らす。浅い池のような水の面に一つ、二つ、あとつづけ・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
・・・坂の方から門内へ流れる秋のつめたい雨水は、傾斜にしたがって犬小舎の底をも洗い、敷き藁をじっとりぬらしている。 ぶちまだらの犬は首から鎖をたらしたまま、自分の小舎の屋根の上へ四つ足で不安な恰好に登って立っていて、その不安さがやりきれぬとい・・・ 宮本百合子 「犬三態」
・・・ 相当の空き腹で、相当に雨水のしみこんで来る靴で、少年たちが猶喜々としているとすれば、つまりは自分たちの胸底にあつく蠢いている自分たちの成長の可能への情熱の力によるのではないだろうか。そして、その可能性は具体的なものでなくてはならないの・・・ 宮本百合子 「今日の耳目」
・・・私の足の裏まで雨水づかりで、やり切れなくなったような心持がして来る。 主人はどういう人なのだろう。 もう一つの或ることというのは、私の二階から彼方の木立越しに見える小窓の奥に坐している人と、この斑犬との関係だ。私が、斑犬の遠吠えを気・・・ 宮本百合子 「吠える」
出典:青空文庫