・・・ 浅草寺の天井の絵の天人が、蓮華の盥で、肌脱ぎの化粧をしながら、「こウ雲助どう、こんたア、きょう下界へでさっしゃるなら、京橋の仙女香を、とって来ておくんなんし、これサ乙女や、なによウふざけるのだ、きりきりきょうでえをだしておかねえか。」・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・伏見の駕籠かきは褌一筋で銭一貫質屋から借りられるくらい土地では勢力のある雲助だった。 しかし、女中に用事一つ言いつけるにも、まずかんにんどっせと謝るように言ってからという登勢の腰の低さには、どんなあらくれも暖簾に腕押しであった。もっとも・・・ 織田作之助 「螢」
・・・それから雲助の息杖というものがある、あれの使用法などは研究してみたらだいぶおもしろそうなものであるが、今日では芝居か映画のほかには山中へ行かなければ容易に見られないものになった。あれも現代におけるステッキの概念にはあてはまらないもので、昔の・・・ 寺田寅彦 「ステッキ」
・・・何とかの段は更なり、雲助とかの肩によって渡る御侍、磧に錫杖立てて歌よむ行脚など廻り燈籠のように眼前に浮ぶ心地せらる。街道の並木の松さすがに昔の名残を止むれども道脇の茶店いたずらにあれて鳥毛挟箱の行列見るに由なく、僅かに馬士歌の哀れを止むるの・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・実を云うと幽霊と雲助は維新以来永久廃業した者とのみ信じていたのである。しかるに先刻から津田君の容子を見ると、何だかこの幽霊なる者が余の知らぬ間に再興されたようにもある。先刻机の上にある書物は何かと尋ねた時にも幽霊の書物だとか答えたと記憶する・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・が岡蝸牛や其角文字のにじり書橘のかはたれ時や古館橘のかごとがましき袷かな一八やしゃが父に似てしゃがの花夏山や神の名はいさしらにぎて藻の花やかたわれからの月もすむ忘るなよ程は雲助時鳥角文字のいざ月もよし牛祭・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・もう山男こそ雲助のように、風にながされるのか、ひとりでに飛ぶのか、どこというあてもなく、ふらふらあるいていたのです。(ところがここは七つ森だ。ちゃんと七っつ、森がある。松のいっぱい生えてるのもある、坊主 山男はひとりでこんなことを言・・・ 宮沢賢治 「山男の四月」
・・・ 黒毛の猫とあんまりやせた犬とはねらわれて居るようで、かべのくずれたのはいもりを、毛深い人は雲助を思い、まのぬけて大きい人を見ると東山の馬鹿むこを、そぐわないけばけばしいなりの人を見ると浅草の活動のかんばんを思い出す。 用い・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫