・・・――こう云う内にまた雨の中を斜に蒼白い電光が走って、雲を裂くように雷が鳴りましたから、お敏は思わず銀杏返しを膝の上へ伏せて、しばらくはじっと身動きもしませんでしたが、やがて全く色を失った顔を挙げると、夢現のような目なざしをうっとりと外の雨脚・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・そしてフレンチは、その目が自分の目と出逢った時に、この男の小さい目の中に、ある特殊の物が電光の如くに耀いたのを認めたように思った。そしてフレンチは、自分も裁判の時に、有罪の方に賛成した一人である、随って処刑に同意を表した一人であると思った。・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・神聖に云えば霊山における電光です。瞬間に人間の運命を照らす、仙人の黒き符のごとき電信の文字を司ろうと思うのです。 が、辞令も革鞄に封じました。受持の室の扉を開けるにも、鍵がなければなりません。 鍵は棄てたんです。 令嬢の袖の奥へ・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・てからも変なため、それを気にして気が狂った、御新造は、以前、国家老の娘とか、それは美しい人であったと言う…… ある秋の半ば、夕より、大雷雨のあとが暴風雨になった、夜の四つ時十時過ぎと思う頃、凄じい電光の中を、蜩が鳴くような、うらさみしい・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・御婦人は、いまは大方に快癒、鬱散のそとあるきも出来候との事、御安心下され度候趣、さて、ここに一昨夕、大夕立これあり、孫八老、其の砌某所墓地近くを通りかかり候折から、天地晦冥、雹の降ること凄まじく、且は電光の中に、清げなる婦人一人、同所、鳥博・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ 夕焼けのした晩方に、海の上を、電光がし、ゴロゴロと雷が鳴って、ちょうど馬車の駆けるように、黒雲がいくのが見られます。それを見ると、この町の人々は、「赤い姫君を慕って、黒い皇子が追っていかれる。」と、いまでも、いっているのでありまし・・・ 小川未明 「赤い姫と黒い皇子」
・・・しからざれば陰惨な光景を呈して灰白色となり、暗黒色となり、雷鳴を起し、電光を発し、風を呼び、雨をみなぎらせるのであるが、そのはじめに於て、千変万化の行動に関して、吾人のはかり知ることを許さないのが雲である。 神出鬼没の雲の動作程、美と不・・・ 小川未明 「常に自然は語る」
・・・ そして私達は街道のそこから溪の方へおりる電光形の路へ歩を移したのであったが、なんという無様な! さきの路へゆこうとする意志は、私にはもうなくなってしまっていた。 梶井基次郎 「闇の書」
・・・ 七日、朝いと夙く起き出でて、自ら戸を繰り外の方を見るに、天いと美わしく横雲のたなびける間に、なお昨夜の名残の電光す。涼しき中にこそと、朝餉済ますやがて立出ず。路は荒川に沿えど磧までは、あるは二、三町、あるいは四、五町を隔てたれば水の面・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・ A新聞社の前では、大勢の人が立ちどまり、ちらちら光って走る電光ニュウスの片仮名を一字一字、小さい声をたてて読んでいる。兄も、私も、その人ごみのうしろに永いこと立ちどまり、繰り返し繰り返し綴られる同じ文章を、何度でも飽きずに読むのである・・・ 太宰治 「一燈」
出典:青空文庫