・・・大森は机に向かって電報用紙に万年筆で電文をしたためているところ、客は上着を脱いでチョッキ一つになり、しきりに書類を調べているところ、煙草盆には埃及煙草の吸いがらがくしゃくしゃに突きこんである。 大森は名刺を受けとってお清の口上をみなまで・・・ 国木田独歩 「疲労」
・・・という電文を、田舎の家にあてて頼信紙に書きしたためながら、当時三十三歳の長兄が、何を思ったか、急に手放しで慟哭をはじめたその姿が、いまでも私の痩せひからびた胸をゆすぶります。父に早く死なれた兄弟は、なんぼうお金はあっても、可哀想なものだと思・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・肩で烈しく息をしながら、電文をしたためた。 サンショウミツケタ」テンポウカン」ヨドエムラノヤツ」ユムラニテ 何が何やらわからない電文になった。その頼信紙は引き裂いて、もう一枚、頼信紙をもらい受けて、こんどは少し考えて、まず私の居所姓・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・ 道太はまたかと思って、胸がにわかに騒いだ。 電文は三音信ばかりあった。「リツコジウビヨウビヨウメイミテイダイガクヘニウインシタアトフミ」そういう文言であった。 道太はひどく狼狽したが、かろうじて支えていた。「こっちへ来ると・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・有難くうけと電文をかいているところにも、あの人の気質がよく出て居ります。生かしてかえしたいと切望します 実に それを願います。 ウィスキーは内国産でも現在は薬用に足りるだけ純質なのが少くて、散々人手を経て一ビン買い小売りをしないというの・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・そして先頃赤しおで真珠をやられたとき東京の支配人に打った電文は「アスカラテンコウツカエ」でした由。テンコウは砂糖のうちでやすい、赤っぽいてんこ砂糖です。一風あるでしょう。息子さんはラスキンの研究家で、元オーキという婦人服やのあったところへ茶・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫