・・・しかしそういう御事情で出京なさったということでもあり、それにS君の御手紙にも露骨に言えという注文ですから申しあげますが、まあほとんどと言いたいですね。とてもあなたの御希望のようなわけには行かんと思いますがね。露骨なところを申しあげれば、私に・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・そしてその不思議な日射しはだんだんすべてのものが仮象にしか過ぎないということや、仮象であるゆえ精神的な美しさに染められているのだということを露骨にして来るのだった。枇杷が花をつけ、遠くの日溜りからは橙の実が目を射った。そして初冬の時雨はもう・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・そこは決して立派な店ではなかったのだが、果物屋固有の美しさが最も露骨に感ぜられた。果物はかなり勾配の急な台の上に並べてあって、その台というのも古びた黒い漆塗りの板だったように思える。何か華やかな美しい音楽の快速調の流れが、見る人を石に化した・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・「何でもないんです、比喩は廃して露骨に申しますが、僕はこれぞという理想を奉ずることも出来ず、それならって俗に和して肉慾を充して以て我生足れりとすることも出来ないのです、出来ないのです、為ないのではないので、実をいうと何方でも可いから決め・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ 父の山気を露骨に受けついで、正作の兄は十六の歳に家を飛びだし音信不通、行方知れずになってしまった。ハワイに行ったともいい、南米に行ったとも噂させられたが、実際のことは誰も知らなかった。 小学校を卒業するや、僕は県下の中学校に入って・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・には、露骨にこびたアクセントがあった。「ザンパンない?」子供達は繰かえした。「……アナタア! 頂だい、頂だい!」「あるよ。持って行け。」 松木は、残飯桶のふちを操って、それを入口の方へころばし出した。 そこには、中隊で食い残・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・貧しい者の悲しみや、露骨なみにくい競いや、諂いをこれ事としている人間を見て大きくなった。慾のかたまりのような人間や、狡猾さが鼻頭にまでたゞよっているような人間や、尊大な威ばった人間がたくさんいるのである。 約十年間郷里を離れていて、一昨・・・ 黒島伝治 「海賊と遍路」
・・・その時相手がいかにも落着いた態度で出てきたら、手にペンでも持って出てきたら、その時こそ惨めな自分が面と面を突きあわすことを露骨に感ぜさせられるだろう。それにはかなわない。 ――上りになっていた道をむしろ早足で歩いてきたので身体が熱かった・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・女性の露骨な身勝手があさましく、へんに弟が可哀そうになって、義憤をさえ感じた。「虫がよすぎる。ばかなやつだ。大ばかだ。なんだと思っていやがんだ。」男爵このごろ、こんなに立腹したことはなかった。怒鳴り散らしているうちに、身のたけ一尺のびたよう・・・ 太宰治 「花燭」
・・・参加させられ、奥さまはきっと一睡も出来なかったでしょうが、他の連中は、お昼すぎまでぐうぐう眠って、眼がさめてから、お茶づけを食べ、もう酔いもさめているのでしょうから、さすがに少し、しょげて、殊に私は、露骨にぷりぷり怒っている様子を見せたもの・・・ 太宰治 「饗応夫人」
出典:青空文庫