・・・博士の、静粛な白銀の林の中なる白鷺の貴婦人の臨月の観察に、ズトン! は大禁物であるから、睨まれては事こわしだ。一旦破寺――西明寺はその一頃は無住であった――その庫裡に引取って、炉に焚火をして、弁当を使ったあとで、出直して、降積った雪の森に襲・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ 不時の回診に驚いて、ある日、その助手たち、その白衣の看護婦たちの、ばらばらと急いで、しかも、静粛に駆寄るのを、徐ろに、左右に辞して、医学博士秦宗吉氏が、「いえ、個人で見舞うのです……皆さん、どうぞ。」 やがて博士は、特等室・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・その軍隊はきわめて静粛で声ひとつたてません。やがて老人の前を通るときに、青年は黙礼をして、ばらの花をかいだのでありました。 老人は、なにかものをいおうとすると目がさめました。それはまったく夢であったのです。それから一月ばかりしますと、野・・・ 小川未明 「野ばら」
・・・けれど春子様、朝田は何時も静粛で酒も何にも呑まないで、少しも理窟を申しませんからお互に幸福ですよ。」「否、お二人とも随分理窟ばかり言うわ。毎晩毎晩、酔っては討論会を初めますわ!」 甲乙は噴飯して、申し合したように湯衣に着かえて浴場に・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・ 流れの女は朝鮮に流れ渡って後、さらにいずこの果てに漂泊してそのはかない生涯を送っているやら、それともすでにこの世を辞して、むしろ静粛なる死の国におもむいたことやら、僕はむろん知らないし、徳二郎も知らんらしい。・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・不思議なるは自分が、この時かかる目的の為に外面に出ながら、外面に出て二歩三歩あるいて暫時佇立んだ時この寥々として静粛かつ荘厳なる秋の夜の光景が身の毛もよだつまでに眼に沁こんだことである。今もその時の空の美しさを忘れない。そして見ると、善にせ・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・見廻わすと、桂のほかに四五名の労働者らしい男がいて、長い食卓に着いて、飯を食う者、酒を呑むもの、ことのほか静粛である。二人差向いで卓に倚るや「僕は三度三度ここで飯を食うのだ」と桂は平気でいって「君は何を食うか。何でもできるよ」「何で・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・この静粛が、たのもしいのだ。きょうは、お金も、すこしあるから、思い切って私の履物を買う。こんなものにも、今月からは三円以上二割の税が附くという事、ちっとも知らなかった。先月末、買えばよかった。でも、買い溜めは、あさましくて、いやだ。履物、六・・・ 太宰治 「十二月八日」
・・・すべて、静粛に行われた。ホテル全体は、朝までひっそり眠っていた。須々木乙彦は、完全に、こと切れていた。 女は、生きた。 ☆ 高野さちよは、奥羽の山の中に生れた。祖先の、よい血が流れていた。曾祖父は、医者で・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・いよいよ茶会の当日には、まず会主のお宅の玄関に於いて客たちが勢揃いして席順などを定めるのであるが、つねに静粛を旨とし、大声で雑談をはじめたり、または傍若無人の馬鹿笑いなどするのは、もっての他の事なのである。それから主人の迎附けがあって、その・・・ 太宰治 「不審庵」
出典:青空文庫