・・・ダヴィンチは、キリストの底しれぬ深い憂愁と、われとわが身を静粛に投げ出したるのちの無限のいつくしみの念とを知っていた。そうしてまた、十二の使徒のそれぞれの利己的なる崇敬の念をも悉知していた。よし。これを一つ、日本浪曼派の同人諸兄にたのんで、・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・だから諸君もその志を諒として、終いまで静粛にお聴きにならんことを希望します。このくらいにしてここに張り出した「中味と形式」という題にでも移りますかな。 第一、題からしてあまり面白そうには見えません。中味は無論つまらなそうです。私は学会の・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・私がこうやって、高い壇の上からあなた方を見下して、一時間なり二時間なり私の云う事を静粛に聴いていただく権利を保留する以上、私の方でもあなた方を静粛にさせるだけの説を述べなければすまないはずだと思います。よし平凡な講演をするにしても、私の態度・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・一定の方向をむいてあんまり静粛にどっさり並んでいる人間の間をひとりだけ歩いているとそんな気になるのだ。 白い壁について煌々あたりを輝やかしているいくつもの電燈のカーボン線を震わすような女の声が、マイクロフォンをとおして金属的に反響してい・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・それ等は写真にとられ、ソヴェト文学史の第何頁かにのこるだろう。静粛にしかし門外にまでつづいている告別の群集に混って列になって棺の足許を通りすぎながら、わたしは思いがけないものを見た。 マヤコフスキーの靴をはいた足の先が偶然赤い旗からニュ・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・ 第三回公判は十一月二十一日、裁判長の法廷を静粛に保つことについての発言があり、前回にひきつづいてまず横谷被告の起訴事実否認が行われた。彼の陳述約一時間ののち、きちんとした背広姿の竹内被告が証言台に立った。ニュースカメラのライトが一斉に・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
・・・どころの変化をもつ静かな緑色の群葉に飾られた樹木は、光線の工合によって、細密な樹皮の凹凸を、さながら活動する群集のように見せながら、影と陰との錯綜、直線と曲線との微妙な縺れ合いに、ただ、彼等のみがもつ静粛な、けれどもどんな律動をも包蔵した力・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・が、その静粛な明確さは決して魂のないものではない。 人々が寝室に退くその一瞬間前の、ややとり散した位置のまま思い思いに彼方此方を向いて居る椅子や、少し隅々のまくれたカーテンや歪められたクッションなどは、却って、日のある時には思いもよらな・・・ 宮本百合子 「無題(三)」
出典:青空文庫