・・・うものが、どういうことに思われて居るかと察するに、一は茶の湯というものは、貴族的のもので到底一般社会の遊事にはならぬというのと、一は茶事などというものは、頗る変哲なもの、殊更に形式的なもので、要するに非常識的のものであるとなせる等である、固・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・しも政治家らしくなかった人、実業家を希望しながら企業心に乏しく金の欲望に淡泊な人、謙遜なくせに頗る負け嫌いであった人、ドグマが嫌いなくせに頑固に独断に執着した人、更に最う一つ加えると極めて常識に富んだ非常識な人――こういう矛盾だらけな性格破・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・やっぱり先生は、私などとは、けた違いの非常識人である。「見世物になっているのです。」私は事情をかいつまんで報告した。「淀江村! それならたしかだ。いくらだ。」「一丈です。」「何を言っている。ねだんだよ。」「十銭です。」・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・いやしくも軍人の鼻先で、屁をたれるとは非常識きわまるじゃないか。おれはこれでも神経質なんだ。鼻先でケツネのへなどやらかされて、とても平気では居られねえ」などそれは下劣な事ばかり、大まじめでいって罵り、階下で赤子の泣き声がしたら耳ざとくそれを・・・ 太宰治 「貨幣」
・・・その結果、人々は、私を非常識と呼んだ。誓って言う。私は、私ひとりのために行動したことはなかった。このごろ、あなたの少しばかりの異風が、ゆがめられたポンチ画が、たいへん珍重されているということを、寂しいとは思いませんか。親友からの便りである。・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・と妻は突然、あらたまったような口調で言い、「父さんは、いつでも本気なのか冗談なのかわからないような非常識な事ばかりおっしゃるんだもの。信用の無いのは当り前よ。こんなになっても、きっとお酒の事ばかり考えていらっしゃるんだから。」「まさか、・・・ 太宰治 「薄明」
・・・「ごめん下さい。非常識と知りつつ、お手紙をしたためます。おそらく貴下の小説には、女の読者がひとりも無かった事と存じます。女は、広告のさかんな本ばかりを読むのです。女には、自分の好みがありません。人が読むから、私も読もうという虚栄みたいな・・・ 太宰治 「恥」
・・・ あれほど常識的な英国にでもわれわれに了解の出来ないほど馬鹿げた儀式が残っているようであるが、それが今日では単に国粋保存というような意味ばかりでなく、つまり、常に常識的であるための「非常識デー」として存在の価値を保っているらしく私には思・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・後から考えるとこんなことを聞くのが如何な非常識であったかがよく分るのであるが、その当時自分と同様の質問を車掌に持出した市民の数は万をもって数えられるであろう。 動物園裏まで来ると道路の真中へ畳を持出してその上に病人をねかせているのがあっ・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・この目的がかなり立派に達せられて、しかも根本仮定が非常識だという場合に常識を捨てるか学説を捨てるかが問題である。現在あるところの物理学は後者を選んで進んで来た一つの系統である。 私は常識に重きを置く別種の系統の成立不可能を確実に証明する・・・ 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
出典:青空文庫