・・・只単に旨いと思って読むものと、心の底から感動させられるものとは自らそこに非常な相違があると思う。 読んで見て、如何にも気持がよく出て居て、巧みに描き出してあると思う作品は沢山あるけれども、粛然として覚えず襟を正し、寂しみを感じさせるよう・・・ 小川未明 「動く絵と新しき夢幻」
・・・と種々名残を惜んで、やがて、己は金沢を出発して、その後もまた旅から旅へと廻っていたのだ、しかしその後に彼はその娘の消息を少しも知らなかったそうだが、それから余程月日が経ってから、その話を聞いて、始めて非常に驚怖したとの事である。娘は終にその・・・ 小山内薫 「因果」
・・・翌日は非常な意気ごみで紀代子の帰りを待ち受けた。前日の軽はずみをいささか後悔していた紀代子は、もう今日は相手にすまいと思ったが、しかし今日こそ存分にきめつけてやろうという期待に負けて、並んで歩いた。そして、結局は昨日に比べてはるかに傲慢な豹・・・ 織田作之助 「雨」
・・・それがまた非常な勢いで蔓が延びて、先きを摘んでも摘んでもわきから/\と太いのが出て来た。そしてまたその葉が馬鹿に大きくて、毎日見て毎日大きくなっている。その癖もう八月に入ってるというのに、一向花が咲かなかった。 いよ/\敷金切れ、滞納四・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・私は医科の小使というものが、解剖のあとの死体の首を土に埋めて置いて髑髏を作り、学生と秘密の取引をするということを聞いていたので、非常に嫌な気になった。何もそんな奴に頼まなくたっていいじゃないか。そして女というものの、そんなことにかけての、無・・・ 梶井基次郎 「愛撫」
・・・すると樋口が帰って来て、非常に怒った様子でしたが、まもなく鸚鵡がひとりでにかごへ帰って来たので、それなりに納まったらしいのです。「けれども君は、かの後の事はよく知るまい、まもなく君は木村と二人で転宿してしまったから……なんでも君と木村が・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・ そして不思議なことには、この人は子どもも可愛がるが、生活欲望も非常に強い。妻らしく、母らしい婦人が必ずしも生活欲望が弱いとしたものでもないようだ。 子どももなく、生活にも困らない夫婦は、何か協同の仕事を持つことで、真面目な課題をつ・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・そのメクラは女だったそうだが、非常に口惜しがってじだんだを踏んだそうである。その足のあとというのが岩に印されている。私もその足のあとだという岩の窪みを見た。しかしまだ足が立ったいざりや、眼があいたメクラについては人から話をきくだけで、直接、・・・ 黒島伝治 「海賊と遍路」
・・・或る一人が他の一人を窘めようと思って、非常に字引を調べて――勿論平常から字引をよく調べる男でしたが、文字の成立まで調べて置いて、そして敵が講じ了るのを待ち兼ねて、難問の箭を放ちました。何様も十分調べて置いてシツッコク文字論をするので講者は大・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・堺利彦は、「非常のこととは感じないで、なんだか自然の成り行きのように思われる」といってきた。小泉三申は、「幸徳もあれでよいのだと話している」といってきた。どんなに絶望しているだろうと思った老いた母さえ、すぐに「かかる成り行きについては、かね・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
出典:青空文庫