・・・幸、その侍の相方の籤を引いた楓は、面体から持ち物まで、かなりはっきりした記憶を持っていた。のみならず彼が二三日中に、江戸を立って雲州松江へ赴こうとしている事なぞも、ちらりと小耳に挟んでいた。求馬は勿論喜んだ。が、再び敵打の旅に上るために、楓・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・大きなのやら小さなのやら、みかげ石のまばゆいばかりに日に反射したのやら、赤みを帯びたインク壺のような形のやら、直八面体の角ばったのやら、ゆがんだ球のようなまるいのやら、立体の数をつくしたような石が、雑然と狭い渓谷の急な斜面に充たされている。・・・ 芥川竜之介 「槍が岳に登った記」
・・・これもおもしろい試みであろうが、どうせここまで来るくらいなら、いっそのこと、もう一歩進んで、たとえば碁盤目に雑多の表象を配列してクロスワード・パズルのようなものを作るとか、あるいは六面体八面体十二面体の面や稜に字句を配置してそれをぐるぐる回・・・ 寺田寅彦 「俳句の型式とその進化」
・・・然るに今日は既にビジテリアン同情派の堅き結束を見、その光輝ある八面体の結晶とも云うべきビジテリアン大祭を、この清澄なるニュウファウンドランド島、九月の気圏の底に於て析出した。殊にこの大祭に於て、多少の愉快なる刺戟を吾人が所有するということは・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・勿論敵の面体を見識らぬ我々は、お前に別れては困るに違ないが、もはや是非に及ばない。只運を天に任せて、名告り合う日を待つより外はない。お前は忠実この上もない人であるから、これから主取をしたら、どんな立身も出来よう。どうぞここで別れてくれと云う・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・しかし色の浅黒いのと口に力身のあるところでざッと推して見ればこれもきッとした面体の者と思われる。身長はひどく大きくもないのに、具足が非常な太胴ゆえ、何となく身の横幅が釣合いわるく太く見える。具足の威は濃藍で、魚目はいかにも堅そうだし、そして・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫