・・・ その中に皆帰って来たから、一しょに飯を食って、世間話をしていると、八重子が買いたての夏帯を、いいでしょうと云って見せに来た。面倒臭いから、「うんいいよ、いいよ。」と云っていると、わざわざしめていた帯をしめかえて、「ああしめにくい。」と・・・ 芥川竜之介 「田端日記」
・・・ ト大様に視めて、出刃を逆手に、面倒臭い、一度に間に合わしょう、と狙って、ずるりと後脚を擡げる、藻掻いた形の、水掻の中に、空を掴んだ爪がある。 霜風は蝋燭をはたはたと揺る、遠洋と書いたその目標から、濛々と洋の気が虚空に被さる。 ・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・日常家庭生活においても二葉亭の家庭は実の親子夫婦の水不入で、シカモ皆好人物揃いであったから面倒臭いイザコザが起るはずはなかったが、二葉亭を中心としての一家の小競合いは絶間がなくてバンコと苦情を聴かされた。二葉亭の言分を聞けば一々モットモで、・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・文学界というものを起そうとしたのは、星野君兄弟と、平田禿木君とで、殊に男三郎君は、大学へ行って工科でも択ぼうという位の綿密な、落ち着いた人だったから、殆んど自分では表立って何も発表しなかったが、種々な面倒臭い雑用なんかを一人で引き受けて、随・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・――一口に言えば、面倒臭いので、一応は御断りを致したのであります。けれども私の断り方がよほど正直だったので、――是非遣らなければならないならば出るが、まあどうか許してもらいたい――こういう風に返辞をした。ところが是非遣らなければならんから出・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・我輩は面倒臭いという風でウンウン云うのみである。向うの敷石の上を立派な婦人が裾を長く引いて通る。「家の内での御引きずりには不賛成もありませんが、外であんな長い裾を引きずって歩行くのはあまり体裁の善いものではありませんね」と裾短かなるレデーは・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・そんならそれでいいではないかポイントマンだのタブレットだの面倒臭いことやめてしまえと斯う云うことになりますがどなたもご異議はありませんか。」斯う云ってその人はさっさっと席に戻ってしまいました。すると異教席からすぐ又一人立ちました。「私は・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・そういうものがあっていろいろ考えていらっしゃるから、ある場合には大へん新しい正しい方法をなさるし、年とった方から見れば「そんな面倒臭いことをいわないでも手加減ですよ」と、おっしゃるような場合が非常にあるのです。そういうことから、「どうも今時・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
出典:青空文庫