・・・余は彼女の面前にありて一種深奥なる悲哀を感ず。彼女のすべては余に美しく見ゆ。余は今に至るまで彼女を愛しき。されども今日は単に彼女を愛すてふそれにては余の心は不満を感ずるなり。さらば余は彼女を恋せるなるか。叱! 神よ、日記は爾が余に与へ給へる・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・ 公衆の面前で、一定の人間を、これでもか、これでもか、というふうにあつかったことは、直接そういう目にあうものを極度に苦しめたばかりでなく、ある距離をもってそのぐるりをかこみ、その光景を目撃している、より多数の、より不安定な条件におかれて・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
・・・ 農村の集団化の過程で農村における富農とそれにくい下る旧勢力がどんな悪意に満ちた中・貧農の敵であるかを大衆の面前に曝露した。集団農場についての文学的報告でこれに関する恐ろしい事実を記録しないものはなくなった。 モスクワ地方労働組合ソ・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・政府案第十二条は、この五人の委員が「任命後最高裁判所長の面前に於て正規の宣誓書に署名してからでなければその職務を行ってはならない」としている。正規の宣誓書の内容は一般に知らされていない。五人の委員はなにを誓わせられるのだろう。これまで日本の・・・ 宮本百合子 「今日の日本の文化問題」
・・・一九二五年のコンゴへの旅行は、資本主義国における植民地経営の裏面の罪悪をジイドの面前にひろげて見せた。ジイドは、この時ゴム栽培特許権所有者組合の横暴と一年間闘い、商務大臣の偽の誓約に憤った。「人間こそ先ず建直されねばならぬ」だがそれはどんな・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・同志小林が敵に虐殺されたことによって、自身の未完成を揚棄し得たかのように考えるとすれば、それは階級的前衛に加えられる敵の悪虐の真相を、大衆の面前から押しやり、復讐の目標をそらすものである。 われわれは先ず同志小林の業績を正しく階級的に評・・・ 宮本百合子 「前進のために」
・・・この公開状を見ると、われわれプロレタリア文化運動に従う者の面前に、どんな広汎な、多事な戦線が展開されているかを痛感する。〔一九三一年十月〕 宮本百合子 「反動ジャーナリズムのチェーン・ストア」
・・・ボルシェビキ作家として発展することを、階級的抗議として敵の面前にうちつけなければならぬ。この一点に集中して敵の抑圧の組織を峻烈に検討するだけでさえ、よく一人のプロレタリア作家をして奮起せしめる階級的悪を見いだすのである。「われわれは、われわ・・・ 宮本百合子 「文学に関する感想」
・・・ こう言っておいて、弥一右衛門は子供らの面前で切腹して、自分で首筋を左から右へ刺し貫いて死んだ。父の心を測りかねていた五人の子供らは、このとき悲しくはあったが、それと同時にこれまでの不安心な境界を一歩離れて、重荷の一つをおろしたように感・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・が、曽て敵の面前で踊った彼の寛大なあのひと踊りの姿は、一体彼の心の何処へ封じ込まねばならないのか? 彼は次第に不機嫌になって来た。「厄介者が行ってくれたんで、晴々するわ。あんな者にいられると、こちまで病気つくがな。」 お霜は安次の立・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫