・・・あまりに意地悪き二つの道に対する面当てである。一つの声は二つの道を踏み破ってさらに他の知らざる道に入れと言った。一種の夢想である。一つの声は一つの道を行くも、他の道を行くも、その到達点にして同一であらばかまわぬではないかと言った。短い一生の・・・ 有島武郎 「二つの道」
・・・そのものが、思の叶わない仇に、私が心一つから、沢山の家も、人も、なくなるように面当てにしますんだから。 まあ、これだって、浪ちゃんが先生にお聞きなされば、自分の身体はどうなってなりとも、人も家も焼けないようにするのが道だ、とおっしゃるで・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・ どうやら靴磨きの少年達に御馳走することには、反対らしいお加代への面当てに、わざとそう言った。「何でもって、全部ですか」 女の子はまごついてしまった。「そうだ。――ハバ、ハバ!」 豹吉はいらいらして言った。ハバとは「早く・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・それを、辛い、苦しい、死ぬかもしれないと云う思いで私を拒け、而も半分Aへの面当てのように絶交して、それで何のサルベーションがあるだろう。 私は若い。斯程不自然な苦しいことも、何かの途で活かすことが出来る。然し、母は、後に、涙ばかりを遺し・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
・・・本心をききたい。面当てか、そうでないかの。―― 私は無慈悲な、冷酷な女ではない筈だ。私は彼をしんから愛した。同時にいやなところをしんから嫌った。彼は不運なことにこの私の嫌がり丈を強く感じた。そしてああいうことになったのだが――気の毒だ。・・・ 宮本百合子 「文字のある紙片」
・・・第一に権兵衛が自分に面当てがましい所行をしたのが不快である。つぎに自分が外記の策を納れて、しなくてもよいことをしたのが不快である。まだ二十四歳の血気の殿様で、情を抑え欲を制することが足りない。恩をもって怨みに報いる寛大の心持ちに乏しい。即座・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫