・・・それでも彼等の夢に見える、大日如来の姿の中には、印度仏の面影よりも、大日貴が窺われはしないでしょうか? 私は親鸞や日蓮と一しょに、沙羅双樹の花の陰も歩いています。彼等が随喜渇仰した仏は、円光のある黒人ではありません。優しい威厳に充ち満ちた上・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
……新しき時代の浪曼主義者は三汀久米正雄である。「涙は理智の薄明り、感情の灯し火」とうたえる久米、真白草花の涼しげなるにも、よき人の面影を忘れ得ぬ久米、鮮かに化粧の匂える妓の愛想よく酒を勧むる暇さえ、「招かれざる客」の歎き・・・ 芥川竜之介 「久米正雄」
・・・ 今朝の夢で見た通り、十歳の時眼のあたり目撃した、ベルナルドーネのフランシスの面影はその後クララの心を離れなくなった。フランシスが狂気になったという噂さも、父から勘当を受けて乞食の群に加わったという風聞も、クララの乙女心を不思議に強く打・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・そして面影も、姿も、川も、たそがれに油を敷いたように目に映る。…… 大正…年…月の中旬、大雨の日の午の時頃から、その大川に洪水した。――水が軟に綺麗で、流が優しく、瀬も荒れないというので、――昔の人の心であろう――名の上へ女をつけて・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・ 絵絹に、その面影が朦朧と映ると見る間に、押した扉が、ツトおのずから、はずみにお妻の形を吸った。「ああ、吃驚、でもよかった。」 と、室の中から、「そら、御覧なさい、さあ、あなたも。」 どうも、あけ方が約束に背いたので、は・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・自分はありありと亡き人の俤が目に浮かぶ。 梅子も出てきた、民子も出てきた。二坪にも足らない小池のまわり、七度も八度も提灯を照らし回って、くまなく見回したけれども、下駄も浮いていず、そのほか亡き人の物らしいもの何一つ見当たらない。ここに浮・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・物も言い得ないで、しょんぼりと悄れていた不憫な民さんの俤、どうして忘れることが出来よう。民さんを思うために神の怒りに触れて即座に打殺さるる様なことがあるとても僕には民さんを思わずに居られない。年をとっての後の考えから言えば、あアもしたらこう・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ 世界の歴史に特筆されべき二大戦役を通過した日本の最近二十五ヵ年間は総てのものを全く一変して、恰も東京市内に於ける旧江戸の面影を尽く亡ぼして了ったと同様に、有らゆる思想にも亦大変革を来したが、生活に対する文人の自覚は其の重なる事象の一つ・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・ 二葉亭の古い日記から二節を引いて以て二葉亭の面影と性格とを偲ぶの料としよう。「この世を棄てんとおもひたる人にあらねばこの世の真の価値は知るべからず。」「気の欝したる時は外出せば少しは紛るる事もあるべしと思へどもわざと引・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・で、自分は、其の光りの中に集っている其等の一つ一つの姿や、記憶や、懐しさのある面影を探ねようと、茫然と其の葉の上を見ていると、家の人々は、昼眠をして誰も起きているものもないから、極めて家の中がしんとしている。遠くで、いつもする糸車の音も響い・・・ 小川未明 「感覚の回生」
出典:青空文庫