・・・――内蔵助も、眦の皺を深くして、笑いながら、「何か面白い話でもありましたか。」「いえ。不相変の無駄話ばかりでございます。もっとも先刻、近松が甚三郎の話を致した時には、伝右衛門殿なぞも、眼に涙をためて、聞いて居られましたが、そのほかは・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・その中で彼れは快い夢に入ったり、面白い現に出たりした。 仁右衛門はふと熟睡から破られて眼をさました。その眼にはすぐ川森爺さんの真面目くさった一徹な顔が写った。仁右衛門の軽い気分にはその顔が如何にもおかしかったので、彼れは起き上りながら声・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
『何か面白い事はないか?』『俺は昨夜火星に行って来た』『そうかえ』『真個に行って来たよ』『面白いものでもあったか?』『芝居を見たんだ』『そうか。日本なら「冥途の飛脚」だが、火星じゃ「天上の飛脚」でも演るんだろう?・・・ 石川啄木 「火星の芝居」
・・・――末娘で可愛いお桂ちゃんに、小遣の出振りが面白い……小買ものや、芝居へ出かけに、お母さんが店頭に、多人数立働く小僧中僧若衆たちに、気は配っても見ないふりで、くくり頤の福々しいのに、円々とした両肱の頬杖で、薄眠りをしている、一段高い帳場の前・・・ 泉鏡花 「怨霊借用」
・・・恐ろしいような、面白いような、いうにいわれない一種の強い刺戟に打たれた。 遠く亀戸方面を見渡して見ると、黒い水が漫々として大湖のごとくである。四方に浮いてる家棟は多くは軒以上を水に没している。なるほど洪水じゃなと嗟嘆せざるを得なかった。・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・それに就いて面白い話がある。僕のではない、他の中隊の一卒で、からだは、大けかったけど、智慧がまわりかねた奴であったさかい、いつも人に馬鹿にされとったんが『伏せ』の命令で発砲した時、急に飛び起きて片足立ちになり、『あ、やられた! もう、死ぬ!・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・コイツ面白いと、恭やしく五厘を奉書に包んで頼みに来る洒落者もあった。椿岳は喜んで受けて五厘の潤筆料のため絵具代を損するを何とも思わなかった。 尤もその頃は今のような途方もない画料を払うものはなかった。随って相場をする根性で描く画家も、株・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・非常に面白い下女で、私のところに参りましてから、いろいろの世話をいたします。ある時はほとんど私の母のように私の世話をしてくれます。その女が手紙を書くのを側で見ていますと、非常な手紙です。筆を横に取って、仮名で、土佐言葉で書く。今あとで坂本さ・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・常識にまで低下して、何等の詩なく、感激なき作品が、たゞ面白いというだけで、また取りつき易いというだけでは、彼等と雖も、決して、これをいゝとは思っていないであろう。また、たとい、それに何が書かれていようと、すでに精神に於て、民衆を教化するとは・・・ 小川未明 「作家としての問題」
・・・あのころは随分私もお転婆だったが……ああ、もうあのころのような面白いことは二度とないねえ!」としみじみ言って、女はそぞろに過ぎ去った自分の春を懐かしむよう。「ははは、何だか馬鹿に年寄り染みたことを言うじゃねえか。お光さんなんざまだ女の盛・・・ 小栗風葉 「深川女房」
出典:青空文庫