・・・そのうちに下役は彼の側へ来ると、白靴や靴下を外し出した。「それはいけない。馬の脚だけはよしてくれ給え。第一僕の承認を経ずに僕の脚を修繕する法はない。……」 半三郎のこう喚いているうちに下役はズボンの右の穴へ馬の脚を一本さしこんだ。馬・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・殊に脚は、――やはり銀鼠の靴下に踵の高い靴をはいた脚は鹿の脚のようにすらりとしている。顔は美人と云うほどではない。しかし、――保吉はまだ東西を論ぜず、近代の小説の女主人公に無条件の美人を見たことはない。作者は女性の描写になると、たいてい「彼・・・ 芥川竜之介 「お時儀」
・・・ズボンも同じ色で、やはり見た所古くはないらしい。靴下はまっ白であるが、リンネルか、毛織りか、見当がつかなかった。それから髯も髪も、両方とも白い。手には白い杖を持っていた。」――これは、前に書いた肺病やみのサムエル・ウォリスが、親しく目撃した・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・が、ズボンや上着は勿論、靴や靴下を検べて見ても、証拠になる品は見当らなかった。この上は靴を壊して見るよりほかはない。――そう思った副官は、参謀にその旨を話そうとした。 その時突然次の部屋から、軍司令官を先頭に、軍司令部の幕僚や、旅団長な・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・デパートの退け刻などは疲れたからだに砂糖分を求めてか、デパート娘があきれるほど殺到して、青い暖簾の外へ何本もの足を裸かのまま、あるいはチョコレート色の靴下にむっちり包んで、はみ出している。そういう若い娘たちにまじって、例の御寮人さんは浮かぬ・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・しかし、なかには、大褂児の下に絹の靴下を、二三十足もかくしていた。帽子の下に天子印の、四五間さきの空気をくんくんさせる高価な化粧品をしのばせていた。そして、彼らが市街のいずれかへ消えて行って、今夜ひっかえしてくる時には、靴下や化粧品のかわり・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・すると若者達は、二人の防寒服から、軍服、襦袢、袴下、靴、靴下までもぬがしにかかった。 ……二人は雪の中で素裸体にされて立たせられた。二人は、自分達が、もうすぐ射殺されることを覚った。二三の若者は、ぬがした軍服のポケットをいち/\さぐって・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・久留米絣に、白っぽい縞の、短い袴をはいて、それから長い靴下、編上のピカピカ光る黒い靴。それからマント。父はすでに歿し、母は病身ゆえ、少年の身のまわり一切は、やさしい嫂の心づくしでした。少年は、嫂に怜悧に甘えて、むりやりシャツの襟を大きくして・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・私は三十円を持って、かの友人の許へ駈けつけ、簡単にわけを話し、十円でもって、そのあずけてあるところから取り戻し、それから、シャツ、ネクタイ、帽子、靴下のはてまで、その友人から借りて、そうして、どうやら服装が調うた。似合うも似合わぬもない、常・・・ 太宰治 「花燭」
・・・挨拶して、すぐ裏へまわり、井戸端で手を洗い、靴下脱いで、足を洗っていたら、さかなやさんが来て、お待ちどおさま、まいど、ありがとうと言って、大きなお魚を一匹、井戸端へ置いていった。なんという、おさかなか、わからないけれど、鱗のこまかいところ、・・・ 太宰治 「女生徒」
出典:青空文庫