・・・孩児の頃より既に音律を好み、三歳、痘を病んで全く失明するに及び、いよいよ琴に対する盲執を深め、九歳に至りて隣村の瞽女お菊にねだって正式の琴三味線の修練を開始し、十一歳、早くも近隣に師と為すべき者無きに至った。すぐに京都に上り、生田流、松野検・・・ 太宰治 「盲人独笑」
・・・ *心が響に満ち 音律に顫えて来ると詩の作法は知らぬ自分も、うたをうたいたく思う。何と表したらよいか 此の心持どう云うのだろう 斯う云う 優しい 寂しい、あこがれの心は。小説を書く自分は、辛くなり、・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・ 其と同時に、此の騒音の最中から、何等の諧調を求めて、微かながら認め得た一筋の音律を、急がずうまず辿って行く、僅かながら、高く澄んだ金属性の調音も亦、天の果から果へと伝って参ります。 日本にも馬鹿は居ります。アメリカにも大馬鹿が居り・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ 声にならない音律に魂をとりかこまれながら、瞳を耀かせ、次の窓に移る。 その間にも、私の背後に、活気ある都会の行人は絶えず流動していた。 通りすがりに、強い葉巻の匂いを掠めて行く男、私の耳に、きれぎれな語尾の華やかな響だけをのこ・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・のんびりした音律のフレンチのしなやかな音調のうたは感じやすい女の心から涙をにじませるには十分すぎて居た。男の肩に頭をおっつけて目をつぶって女は夢を見かけて居た。「私達は人並じゃなくしましょうよ」 女はフイとこんな事を云い出した。・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・何故なら、これらは分裂を統率する最も壮大な音律であるからだ。何物よりも真実を高く捧げてはならない。時代は最早やあまり真実に食傷した。かくして、自然主義は苦き真実の過食のために、其尨大な姿を地に倒した。嘘ほど美味なものはなくなった。嘘を蹴落す・・・ 横光利一 「黙示のページ」
出典:青空文庫