・・・それはいずれにしても、今のうちにこれらの滅び行く物売りの声を音譜にとるなり蓄音機のレコードにとるなりなんらかの方法で記録し保存しておいて百年後の民俗学者や好事家に聞かせてやるのは、天然物や史跡などの保存と同様にかなり有意義な仕事ではないかと・・・ 寺田寅彦 「物売りの声」
・・・石はその半分も行きませんでしたが、百舌はにわかにがあっと鳴って、まるで音譜をばらまきにしたように飛びあがりました。 そしてすぐとなりの少し低い楊の木の中にはいりました。すっかりさっきの通りだったのです。「生きていたねえ、だまってみん・・・ 宮沢賢治 「鳥をとるやなぎ」
・・・ そっちの方から、もずが、まるで音譜をばらばらにしてふりまいたように飛んで来て、みんな一度に、銀のすすきの穂にとまる。 めくらぶどうの藪からはきれいな雫がぽたぽた落ちる。 かすかなけはいが藪のかげからのぼってくる。今夜市庁のホー・・・ 宮沢賢治 「マリヴロンと少女」
・・・貴方が音譜をおよみにならないのは、何と残念でしょう。 あなたの窓から見えるものは何でしょう、空、電信柱、雀、樹の梢、それから何でしょう? 花はあるかしら。この頃きっと随分空を御覧になるでしょう。空は時々海に似て、よく眺め入ると体が浮いて・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫