・・・私なら、二つ返事で、授けて頂くがね。」「じゃ観音様を、御信心なさいまし。」「そうそう、明日から私も、お籠でもしようよ。」 芥川竜之介 「運」
・・・それでも痛みが強いようなら、戸沢さんにお願いして、注射でもして頂くとか、――今夜はまだ中々痛むでしょう。どの病気でも楽じゃないが、この病気は殊に苦しいですから。」 谷村博士はそう云ったぎり、沈んだ眼を畳へやっていたが、ふと思い出したよう・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・御嫌でなかったら、その友だちの話でも聞いて頂くとしましょうか。」 本多子爵はわざと眼を外らせながら、私の気をかねるように、落着かない調子でこう云った。私は先達子爵と会った時に、紹介の労を執った私の友人が、「この男は小説家ですから、何か面・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・では何を書くかと云うと、――それは次の本文を読んで頂くよりほかに仕方はない。 ――――――――――――――――――――――――― 神田神保町辺のあるカッフェに、お君さんと云う女給仕がいる。年は十五とか十六とか云う・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・その時僕は恐る恐る、実は今御掲載中の小説は私の書いたものでありますが、校正などに間違いもあるし、かねて少し訂正したいと思っていた処もありますから、何の報酬も望む所ではありませんが、一度原稿を見せて戴く訳には行きませんか、こう持ちかけた。実は・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・そうして、一度押戴くがごとくにして、ハタと両手をついた。「かなしいな。……あれから、今もひもじいわ。」 寂しく微笑むと、掻いはだけて、雪なす胸に、ほとんど玲瓏たる乳が玉を欺く。「御覧なさい――不義の子の罰で、五つになっても足腰が・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・で、両掌を仰向け、低く紫玉の雪の爪先を頂く真似して、「かように穢いものなれば、くどくどお礼など申して、お身近はかえってお目触り、御恩は忘れぬぞや。」と胸を捻じるように杖で立って、「お有難や、有難や。ああ、苦を忘れて腑が抜けた。もし、太夫・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・自分は阿弥陀様におすがり申して救うて頂く外に助かる道はない。政夫や、お前は体を大事にしてくれ。思えば民子はなが年の間にもついぞ私にさからったことはなかった、おとなしい児であっただけ、自分のした事が悔いられてならない、どうしても可哀相でたまら・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・音のために此世と教会とに迫害らる、栄光此上なしである、我等もし彼と共に死なば彼と共に生くべし、我等もし彼と共に忍ばば彼と共に王たるべし(提摩太、キリストと共に棘の冕を冠しめられて信者は彼と共に義の冕を戴くの特権に与かるのである。「我がた・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・ちょう詩のところ出でてその中の『いざさらば雪を戴く高峰』なる一句赤き線ひかれぬ。乙女の星はこれを見て早くも露の涙うかべ、年わかき君の心のけだかきことよと言い、さて何事か詩人の耳に口寄せて私語き、私語きおわれば恋人たち相顧みて打ちえみ・・・ 国木田独歩 「星」
出典:青空文庫