・・・と、必ず盛な喝采を送った。中には「帝国万歳」と、頓狂な声を出すものもあった。しかし実戦に臨んで来た牧野は、そう云う連中とは没交渉に、ただにやにやと笑っていた。「戦争もあの通りだと、楽なもんだが、――」 彼は牛荘の激戦の画を見ながら、・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ これ取られてなるものかと、頓狂な声を出して、その時計を胸に抱くようにした。「――どうもお眼も早いが、手も早い。千円でも譲らんよ。エヘヘ……」 胸に当てて離さなかった。浴衣の襟がはだけていて、乳房が見えた。いや、たしかに乳房とい・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・ 伍長は嬉しげに頓狂に笑った。「何がおかしいんだ! 気狂い!」 やかましく騒ぐ音が廊下にして、もう血のしみ通った三角巾で思い/\にやられた箇所を不細工に引っくゝった者が這入ってきた。どの顔も蒼く憔悴していた。 脚や内臓をやら・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・過般も宴会の席で頓狂な雛妓めが、あなたのお頭顱とかけてお恰好の紅絹と解きますよ、というから、その心はと聞いたら、地が透いて赤く見えますと云って笑い転げたが、そう云われたッて腹も立てないような年になって、こんなことを云い出しちゃあ可笑いが、難・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・ 杉、柾木、槙などを植えつらねた生垣つづきの小道を、夏の朝早く鰯を売りあるく男の頓狂な声。さてはまた長雨の晴れた昼すぎにきく竿竹売や、蝙蝠傘つくろい直しの声。それらはいずれもわたくしが学生のころ東京の山の手の町で聞き馴れ、そしていつか年・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・三分心の薄暗いランプを片手に奥から駆け出して来た婆さんが頓狂な声を張り上げて「旦那様! どうなさいました」と云う。見ると婆さんは蒼い顔をしている。「婆さん! どうかしたか」と余も大きな声を出す。婆さんも余から何か聞くのが怖しく、余は婆さ・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・とこの奇妙な恋人は男爵夫人の言葉を遮りながら頓狂な声を出した。「私のこころにさえ従っていれば、あなたは私の財布の中からオルタンスさんの持参金を出せますからね……」 さて、その言葉を証拠立てる積りでもあったのか、脂肪肥りのクルベルは、・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
出典:青空文庫