・・・というのであった、彼も頗る不思議だとは思ったが、ただそれくらいのことに止まって、別に変った事も無かったので、格別気にも止めずに、やがて諸国の巡業を終えて、久振で東京に帰った、すると彼は間もなく、周旋する人があって、彼は芽出度く女房を娶った。・・・ 小山内薫 「因果」
私の実見は、唯のこれが一度だが、実際にいやだった、それは曾て、麹町三番町に住んでいた時なので、其家の間取というのは、頗る稀れな、一寸字に書いてみようなら、恰も呂の字の形とでも言おうか、その中央の棒が廊下ともつかず座敷ともつ・・・ 小山内薫 「女の膝」
・・・ 私は答えようもなく、いかにも芸のなさそうな顔をして、黙っていた。 すると、女の唇が不気味にふるえた。そして大粒の泪が蒼黝い皮膚を汚して落ちて来た。ほんとうに泣き出してしまったのだ。 私は頗る閉口した。どういう風に慰めるべきか、・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・よりによって、こんな名前をつけるところは法善寺的――大阪的だが、ここの関東煮が頗るうまいのも、さすが大阪である。一杯機嫌で西へ抜け出ると、難波新地である。もうそこは法善寺ではない。前方に見えるのは、心斎橋筋の光の洪水である。そして、その都会・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・随分生皮も剥れよう、傷を負うた脚を火炙にもされよう……それしきは未な事、こういう事にかけては頗る思付の好い渠奴等の事、如何な事をするか知たものでない。渠奴等の手に掛って弄殺しにされようより、此処でこうして死だ方が寧そ勝か。とはいうものの、も・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・ とまでは頗る真面目であったが、自分でも少し可笑しくなって来たか急に調子を変え、声を低うし笑味を含ませて、「何となれば、女は欠伸をしますから……凡そ欠伸に数種ある、その中尤も悲むべく憎くむ可きの欠伸が二種ある、一は生命に倦みたる欠伸・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・「何故でしょう。」といいながら新工学士神崎は石を拾って不思議そうに眺める。朝田はこの時既に座敷から廻って縁先に来た。「オイ朝田、春子さんがこの石を妙だろうと言うが君は何と思う。」「頗る妙と思うねエ」「ね朝田様、妙でしょう。」・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・のは、中に米ばかりを食って麦を食わない者が出来るのを妨ぐためではあろうが、畑からとれた麦を持っている農民が、その麦を売って、又麦を買うということは、中間商人に手間賃を稼がせるばかりで、いずれの農家でも頗る評判が悪かった。 それからまもな・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・これはたとえ味噌汁に茄子か筍の煮たのにせよ御膳立をして上げるのだから頗る手間がかかるので、これも過去帳を繰って見れば大抵無い日は無い位のもの。また亥の日には摩利支天には上げる数を増す、朔日十五日二十八日には妙見様へもという工合で、法華勧請の・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・このごろ人形の家をまた読み返し、重大な発見をして、頗る興奮した。ノラが、あのとき恋をしていた。お医者のランクに恋をしていたのだ。それを発見した。弟妹たちを呼び集めて、そのところを指摘し、大声叱咤、説明に努力したが、徒労であった。弟妹たちは、・・・ 太宰治 「愛と美について」
出典:青空文庫