・・・彼等の頭上にも鉱石は光っていた。役員は、それをも掘り上げることを命じた。「これゃ、支柱をあてがわにゃ、落盤がありゃしねえかな。」脚の悪い老人は、心配げにカンテラをさし上げて広々とした洞窟の天井を見上げた。「岩質が堅牢だから大丈夫だ。・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・骨董が重んぜられ、骨董蒐集が行われるお蔭で、世界の文明史が血肉を具し脈絡が知れるに至るのであり、今までの光輝がわが曹の頭上にかがやき、香気が我らの胸に逼って、そして今人をして古文明を味わわしめ、それからまた古人とは異なった文明を開拓させるに・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ 薄筵の一端を寄せ束ねたのを笠にも簑にも代えて、頭上から三角なりに被って来たが、今しも天を仰いで三四歩ゆるりと歩いた後に、いよいよ雪は断れるナと判じたのだろう、「エーッ」と、それを道の左の広みの方へかなぐり捨てざまに抛って了った・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
東京の三鷹の家にいた頃は、毎日のように近所に爆弾が落ちて、私は死んだってかまわないが、しかしこの子の頭上に爆弾が落ちたら、この子はとうとう、海というものを一度も見ずに死んでしまうのだと思うと、つらい気がした。私は津軽平野の・・・ 太宰治 「海」
・・・ひどく酔って、たちまち、私の頭上から巨大の竜巻が舞い上り、私の足は宙に浮き、ふわりふわりと雲霧の中を掻きわけて進むというあんばいで、そのうちに転倒し、 わたしゃ 売られて行くわいな と小声で呟き、起き上って、また転倒し、世界が自・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・そうでなければ、東京の私たちの頭上に降って来たあの美しい焔の雨。きっと、いい絵が出来るわよ。私のところでは、母が十日ほど前に、或るいやな事件のショックのために卒倒して、それからずっと寝込んで、あたしが看病してあげていますけど、久し振りであた・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・例の厭な音が頭上を飛ぶのだ。歩兵隊がその間を縫って進撃するのだ。血汐が流れるのだ。こう思った渠は一種の恐怖と憧憬とを覚えた。戦友は戦っている。日本帝国のために血汐を流している。 修羅の巷が想像される。炸弾の壮観も眼前に浮かぶ。けれど七、・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・次のページにはリエナが戸外のベンチで泣いているところへクジマが子ねこの襟首をつかんで頭上高くさし上げながらやって来る。「坊や。泣くんじゃないよ。お家は新しく建ててやる。子ねこも無事だよ。そら、かわいがっておやり」という一編のクライマックスが・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・近ごろ見かけた珍しいものの一つとしてはサンスクリットで孔雀という意味の言葉を入り口の頭上の色ガラス窓にデワナガリー文字で現わしたのさえあった。ダミアンティやシャクンタラのような妖姫がサーヴするかと思わせるのもおもしろい。 こういうものの・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・水中のめだかの群れは、頭上の水面をみずすましが駆け回っても平気で泳いでいる。この二つの動物の利害の世界は互いに交差しないと見える。しかし、めだかは人影が近づくと驚いてぱっと一度にもぐり込む。これに反してみずすましのほうは、人間を見ただけでは・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
出典:青空文庫