・・・そうして右をふり仰ぐと突兀たる小浅間の熔岩塊が今にも頭上にくずれ落ちそうな絶壁をなしてそびえ立っている。その岩塊の頭を包むヴェールのように灰砂の斜面がなめらかにすそを引いてその上に細かく刺繍をおいたように、オンタデや虎杖やみね柳やいろいろの・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・なき作品に対して、国家的代表者の権威と自信とを以て、敢て上下の等級を天下に宣告して憚らざるさえあるに、文明の趨勢と教化の均霑とより来る集合団体の努力を無視して、全部に与うべきはずの報酬を、強いて個人の頭上に落さんとするは、殆んど悪意ある取捨・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・偉大なる人格を発揮するためにある技術を使ってこれを他の頭上に浴せかけた時、始めて文芸の功果は炳焉として末代までも輝き渡るのであります。輝き渡るとは何も作家の名前が伝わるとか、世間からわいわい騒がれると云う意味で云うのではありません。作家の偉・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ ドドーン、ドドーン、ドーン、バラバラ、ドワーン 小林の頭上に、丁度、彼自身の頭と同じ程の太さの、滅茶苦茶に角の多い尖った、岩片が墜ちて来た。 小林は、秋山を放り出して、頭の鉢を抱えた。 ドーン、バーン、ドドーンー 発破・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・大らかな天蓋のように私共の頭上に懸って居べき青空は、まるで本来の光彩を失って、木や瓦の間に、断片的な四角や長方形に画られて居る。息吹は吹きとおさない。此処からは、何処にも私の懐しい自然全景を見出すことは出来ない。視覚の束縛のみではない。心が・・・ 宮本百合子 「餌」
・・・ 孔子、基督、その他あらゆる人々の頭上高く、真の光りに被われて居たが故に偉大なのである。 道徳も、芸術も宗教も、その源は此の「真」と云う一字のみである。「真」外見はまことに厳格なものらしい面持をして居るけれ共、その胸の中には、完・・・ 宮本百合子 「大いなるもの」
・・・の人々は、彼らの青春の祝福されるべき反逆性の頭上に一撃を加えられた。当時大逆事件と呼ばれたテロリストのまったく小規模な天皇制への反抗があらわれ、幸徳秋水などが死刑に処せられた。自由民権を、欽定憲法によってそらした権力は、この一つの小規模な、・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・その高貴をもって全ヨーロッパに鳴り響いたハプスブルグの女の頭上へ、彼は平民の病いを堂々と押しつけてやりたい衝動を感じ出した。――余は一平民の息子である。余はフランスを征服した。余は伊太利を征服した。余は西班牙とプロシャとオーストリアを征服し・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・実は、地上で争うものの、誰の頭上にも降りかかって来ている精神に関した問題であった。これから頭を反らし、そ知らぬ表情をとることは、要するに、それはすべてが偽せものたるべき素質をもつことを証明しているがごときものだった。実に静静とした美しさで、・・・ 横光利一 「微笑」
・・・しかし毎年春が来て、あの男の頭上の冠を奪うと、あの男は浅葱の前掛をして、人の靴を磨くのである。夏の生活は短い。明るい色の衣裳や、麦藁帽子や、笑声や、噂話はたちまちの間に閃き去って、夢の如くに消え失せる。秋の風が立つと、燕や、蝶や、散った花や・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
出典:青空文庫