・・・それをお前帽子に喰着けた金ぴかの手前、芝居をしやがって……え、芝居をしやがったんたが飛んで行って、其の頭蓋骨を破ったので、迸る血烟と共に、彼は階子を逆落しにもんどりを打って小蒸汽の錨の下に落ちて、横腹に大負傷をしたのである。薄地セルの華奢な・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・オットセイの黒ずんだ肉を売る店があったり、猿の頭蓋骨や、竜のおとし児の黒焼を売る黒焼屋があったり、ゲンノショウコやドクダミを売る薬屋があったり、薬屋の多いところだと思っていると、物尺やハカリを売る店が何軒もあったり、岩おこし屋の軒先に井戸が・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・その眼は、頭蓋骨の真中へ向けられ、何か一つの事にすべての注意を奪われている恰好だった。 やったのは、ロシア人の客間だ。そういう話だった。そこで、アメリカ兵は、将校より、もっと達者なロシア語を使って、娘と家族の会話を彼の方から横取りした。・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ 落盤を気づかっていた爺さんが文字通りスルメのように頭蓋骨も、骨盤も、板になって引っぱり出された。 うしろの闇の中で待っていたその娘は、急にへしゃげてしまった親爺の屍体によりかゝって泣き出した。「泣くでない。泣くでない。泣いたっ・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・私は、人の三倍も四倍も復讐心の強い男なのであるから、また、そうなると人の五倍も六倍も残忍性を発揮してしまう男なのであるから、たちどころにその犬の頭蓋骨を、めちゃめちゃに粉砕し、眼玉をくり抜き、ぐしゃぐしゃに噛んで、べっと吐き捨て、それでも足・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・いわゆるオーソリティは彼自身の頭蓋骨以外にはどこにも居ないのである。 彼の日常生活はおそらく質素なものであろう。学者の中に折々見受けるような金銭に無関心な人ではないらしい。彼の著者の翻訳者には印税のかなりな分け前を要求して来るというよう・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・それよりも右耳の後上部の頭蓋骨をひどく打ったらしい形跡があって、そのほうがはなはだ大事だというので、はじめはたいした事でもないと思った事がらがだんだんに重大になって来た。T氏の話によると、頭を打ってから数時間の間当人はいっこう平気で、いつも・・・ 寺田寅彦 「鎖骨」
・・・従ってわれわれのだいじな五体も不断にこの弾丸のために縦横無尽に射通されつつあるのは事実で、しかも一平方センチメートルごとに大約毎分一個ぐらいの割合であるから、たとえば頭蓋骨だけでも毎分二三百発、一昼夜にすれば数十万発の微小な弾丸で射通されて・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
・・・並みはずれに大きな頭蓋骨の中にはまだ燃え切らない脳髄が漆黒なアスファルトのような色をして縮み上がっていた。 N教授は長い竹箸でその一片をつまみ上げ「この中にはずいぶんいろいろなえらいものがはいっていたんだなあ」と言いながら、静かにそれを・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・このはかない行商の一人に頭蓋骨の異常に大きな福助のような子がいた。だれかが試みに一銭銅貨と天保銭を出して、どちらでもいいほうを取れと言ったらはっきりと天保銭を選んだといううわさがあった。また、その生きている頭蓋骨をとっくにどこかの病院に百円・・・ 寺田寅彦 「物売りの声」
出典:青空文庫