・・・処で、火気は当るまいが、溢出ようが、皆引掴んで頬張る気だから、二十ばかり初茸を一所に載せた。残らず、薄樺色の笠を逆に、白い軸を立てて、真中ごろのが、じいじい音を立てると、……青い錆が茸の声のように浮いて動く。(魚断、菜断、穀断と・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・松葉を噛めば、椎なんぞ葉までも頬張る。瓜の皮、西瓜の種も差支えぬ。桃、栗、柿、大得意で、烏や鳶は、むしゃむしゃと裂いて鱠だし、蝸牛虫やなめくじは刺身に扱う。春は若草、薺、茅花、つくつくしのお精進……蕪を噛る。牛蒡、人参は縦に啣える。 こ・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・「当人が何より、いい事、嬉しい事、好な事を引くるめてちょっと金麩羅にして頬張るんだ。」 その標目の下へ、何よりも先に==待人来る==と……姓を吉岡と云う俊吉が書込んだ時であった。 襖をすうと開けて、当家の女中が、「吉岡さん、・・・ 泉鏡花 「第二菎蒻本」
・・・立てたように石坂がまた急になる、平面な処で、銀杏の葉はまだ浅し、樅、榎の梢は遠し、楯に取るべき蔭もなしに、崕の溝端に真俯向けになって、生れてはじめて、許されない禁断の果を、相馬の名に負う、轡をガリリと頬張る思いで、馬の口にかぶりついた。が、・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・……血の気の多い漁師です、癪に触ったから、当り前よ、と若いのが言うと、(人間の食うほどは俺と言いますとな、両手で一掴みにしてべろべろと頬張りました。頬張るあとから、取っては食い、掴んでは食うほどに、あなた、だんだん腹這いにぐにゃぐにゃと首を・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・思えば、寒雀もずいぶんしばらく食べなかったな、と悶えても、猛然とそれを頬張る蛮勇は無いのである。私は仕方なく銀杏の実を爪楊枝でつついて食べたりしていた。しかし、どうしても、あきらめ切れない。 一方、女どもの言い争いは、いつまでもごたごた・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・有り合わせの餌を一片二片とだんだん近くへ投げてやると、おしまいには、もう手に持っているカステイラなどをくちばしで引ったくって頬張る事を覚えてしまった。いくら食わせてもなかなかこの貪食な小動物を満足させることはむつかしいように見える。それでい・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
出典:青空文庫