・・・顔も体格に相応して大きな角張った顔で、鬚が頬骨の外へ出てる程長く跳ねて、頬鬚の無い鍾馗そのまゝの厳めしい顔をしていた。処が彼が瞥と何気なしに其巡査の顔を見ると、巡査が真直ぐに彼の顔に鋭い視線を向けて、厭に横柄なのそり/\した歩き振りでやって・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・今度は弱々しそうな頬骨の尖っている、血痰を咯いている男が倒れた。 それまでおとなしく立っていた、物事に敏感な顔つきをしている兵卒が、突然、何か叫びながら、帽子をぬぎ棄てて前の方へ馳せだした。その男もたしか将校と云いあっていた一人だった。・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・ 非常に頬骨が高い性の所へ大きな黒眼鏡をかけて居るのでそれが丁度「うつろ」になった眼窩の様に、歯を損じた口のあたりは、ゲッソリ、すぼけて見える。 お節は、つぎものの手を止めて、影の薄い夫の姿を見入った。 地の見える様な頭にも、昔・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ひどく古風な短いインバネスをはおり、茶色の帽子をかぶった百姓らしい頬骨の四十男が居睡りをしている。すっかり隣りの坐席の男に肩をもたせこむような恰好をして睡り込んでいる。真白い毛糸の首巻から、陽やけのした、今は上気せている顔が強い対照をなして・・・ 宮本百合子 「東京へ近づく一時間」
・・・ 東北の農民に共通な四角ばって、頬骨の突出た骨相を彼も持ってはいるのだけれども、五十にやがて手が届こうとしている男だなどとはどうしても思えないほど若々しく真黒な瞳を慎ましく、けれどもちゃんと相手の顔に向けて、下瞼の大きな黒子を震わせなが・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・顔の造作の小さい茶色の頬骨のとび出た男である。 肥料を自分の畑ばかりへ、沢山やると云って、祖母はあんまりよくは思って居ない。一杯の酒を一時間もかかって飲む。おできのあとか何か、頭の殆ど中央に一銭銅貨位のおはげがあるのが皆をやたらに笑わせ・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・主人達の目を掠めて、頬骨の高い、鼻の低いおでこに青痣のついた小僧ゴーリキイは皆の留守の間に、或は夜、窓際で月の光で読もうとした。活字がこまかすぎて、明るい月の光も役に立たぬ。そこで棚の上から銅鍋をもち出し、月の光をそれに反射させて読む工夫を・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫