・・・幅の広い肩、大きな手、頬骨の高い赭ら顔。――そう云う彼の特色は、少くともこの老将軍には、帝国軍人の模範らしい、好印象を与えた容子だった。将軍はそこに立ち止まったまま、熱心になお話し続けた。「今打っている砲台があるな。今夜お前たちはあの砲・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・弥三左衛門は、その首を手にとって、下から検使の役人に見せた。頬骨の高い、皮膚の黄ばんだ、いたいたしい首である。眼は勿論つぶっていない。 検使は、これを見ると、血のにおいを嗅ぎながら、満足そうに、「見事」と声をかけた。 ・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・そのまた前には下士が一人頬骨の高い顔を半ば俯向け、砲塔を後ろに直立していた。K中尉はちょっと不快になり、そわそわ甲板士官の側へ歩み寄った。「どうしたんだ?」「何、副長の点検前に便所へはいっていたもんだから。」 それは勿論軍艦の中・・・ 芥川竜之介 「三つの窓」
・・・渋紙した顔に黒痘痕、塵を飛ばしたようで、尖がった目の光、髪はげ、眉薄く、頬骨の張った、その顔容を見ないでも、夜露ばかり雨のないのに、その高足駄の音で分る、本田摂理と申す、この宮の社司で……草履か高足駄の他は、下駄を穿かないお神官。 小児・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・これにてらてらと小春の日の光を遮って、やや蔭になった頬骨のちっと出た、目の大きい、鼻の隆い、背のすっくりした、人品に威厳のある年齢三十ばかりなるが、引緊った口に葉巻を啣えたままで、今門を出て、刈取ったあとの蕎麦畠に面した。 この畠を前に・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・……頬骨の張った菱形の面に、窪んだ目を細く、小鼻をしかめて、「くすくす。」 とまた遣った。手にわるさに落ちたと見えて札は持たず、鍍金の銀煙管を構えながら、めりやすの股引を前はだけに、片膝を立てていたのが、その膝頭に頬骨をたたき着ける・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ 斜違にこれを視めて、前歯の金をニヤニヤと笑ったのは、総髪の大きな頭に、黒の中山高を堅く嵌めた、色の赤い、額に畝々と筋のある、頬骨の高い、大顔の役人風。迫った太い眉に、大い眼鏡で、胡麻塩髯を貯えた、頤の尖った、背のずんぐりと高いのが、絣・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ という声濁りて、痘痕の充てる頬骨高き老顔の酒気を帯びたるに、一眼の盲いたるがいとものすごきものとなりて、拉ぐばかり力を籠めて、お香の肩を掴み動かし、「いまだに忘れない。どうしてもその残念さが消え失せない。そのためにおれはもうすべて・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・私の顔は頬骨がいやに高い。それ故丸坊主になると、私の頭は丁度耳の附根あたりで急に細くなり、随分見っともないのである。見っともないだけならまだしもだが、何だか破戒僧のような面相になってしまうのである。この弱点を救うには、髪の毛を耳のあたりまで・・・ 織田作之助 「髪」
・・・ どうせ文楽の広告ビラだろうくらいに思い、懐手を出すのも面倒くさく、そのまま行き過ぎようとして、ひょいと顔を見ると、平べったい貧相な輪郭へもって来て、頬骨だけがいやに高く張り、ぎょろぎょろ目玉をひからせているところはざらに見受けられる顔・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
出典:青空文庫