・・・ぎょっとして、あわてて精進揚げを呑みくだし、うむ、と首肯くと、その女は、連れの職工のおいらんのほうを向いて小声で、育ちの悪い男は、ものを食べさせてみるとよくわかるんだよ、ちょっちょっと舌打ちをしながら食べるんだよ、と全くなんの表情も無く、お・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・と私はうつむいている女の子に尋ねた。「うん、」と首肯く。「そうか、偉いね。よくここまで、あんよが出来たね。お家は、焼けちゃったよ。」「うん、」と首肯く。「医者も焼けちゃったろうし、こいつの眼には困ったものだね。」 と私は・・・ 太宰治 「薄明」
・・・用心のニヤニヤ笑いつづけながらも、少し首肯く。「愚なる者よ。きみ、人その全部の努力用いて、わが妻子わすれむと、あがき苦しみつつ、一度持たせられし旗の捨てがたくして、沐雨櫛風、ただ、ただ上へ、上へとすすまなければならぬ、肉体すでに半死の旗手の・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・ステパンは髭面を動かして頷く。……中に、ステパンの会話の力で判断してだろう、片仮名で、「オナツカシキペテロフサマ、ソノゴオカワリモアリマセンカ、ユウベ、マテイタノニキテクダサイマセン、ナゼデスカ、シドイシト、ワタシノココロモシラ・・・ 宮本百合子 「街」
・・・私たちの常識は、一考して深く頷くところがある。日本の家族制度、財産の相続を眼目にした親子関係の見方においては、嫡出子と庶子、私生子の区別は非常に厳重で、生まれた子供は天下の子供であるという人間らしい自由さを欠いている。けれども、戦争が進行し・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・ 避難者の男は、黙って頭で、遺らないと云う意味を頷く。「上野は?」 今度は、低い、震える声で、「山下からステーションは駄目。」 猶、詳細を訊こうとすると、「皆、焼けちまったよ。お前、ひどいのひどくないのって。――」・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
・・・ 妻は頷くと眼を大きく開いたまま部屋の中を見廻した。一羽の鴉が、彼と母との啜り泣く声に交えて花園の上で啼き始めた。すると、彼の妻は、親しげな愛撫の微笑を洩らしながら咳いた。「まア気の早い、鴉ね、もう啼いて。」 彼は、妻の、その天・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫