・・・ 若い婦人にとって何よりの敵である境遇の重荷は、フロレンスの若い頸筋にもずっしりとのしかかっているのであった。第一は、彼女が生れた時代のイギリスの習慣の保守的な重み、第二は彼女が特に上流の淑女であるという重み、その二つの石は、やっとフロ・・・ 宮本百合子 「フロレンス・ナイチンゲールの生涯」
・・・ 女は帯の間から桜紙をとり出し、それを唇でとって洟をかんでから、銀杏返しの両鬢をぐっと掻き上げた頸筋にだけ白粉の残っている横顔を伏せ、巻莨をすい始めた。 女の素振りには藍子に対する誠意が乏しく、只尾世川を来させろと繰返す執念だけが強・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・ダーリヤは、さっと肌理のこまかい頸筋を赧らめた。夫を睨んだ。が、娘っぽい、悪戯らしい頬笑みが、細い、生真面目な唇にひろがった。――マリーナは、彼女の顔の前にまだ新聞をひろげている。 皆が飲み終る頃、二階じゅうを揺り動かして、羅紗売りのス・・・ 宮本百合子 「街」
出典:青空文庫