・・・ 遠藤はその光を便りに、怯ず怯ずあたりを見廻しました。 するとすぐに眼にはいったのは、やはりじっと椅子にかけた、死人のような妙子です。それが何故か遠藤には、頭に毫光でもかかっているように、厳かな感じを起させました。「御嬢さん、御・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・衆徳備り給う処女マリヤに御受胎を告げに来た天使のことを、厩の中の御降誕のことを、御降誕を告げる星を便りに乳香や没薬を捧げに来た、賢い東方の博士たちのことを、メシアの出現を惧れるために、ヘロデ王の殺した童子たちのことを、ヨハネの洗礼を受けられ・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・淋しい花嫁は頭巾で深々と顔を隠した二人の男に守られながら、すがりつくようにエホバに祈祷を捧げつつ、星の光を便りに山坂を曲りくねって降りて行った。 フランシスとその伴侶との礼拝所なるポルチウンクウラの小龕の灯が遙か下の方に見え始める坂の突・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ クララは頼りないものを頼りにしたのを恥じて手を放した。そして咽せるほどな参詣人の人いきれの中でまた孤独に還った。「ホザナ……ホザナ……」 内陣から合唱が聞こえ始めた。会衆の動揺は一時に鎮って座席を持たない平民たちは敷石の上に跪・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・慾にも、我慢にも、厭で厭で、厭で厭で死にたくなる時がありますとね、そうすると、貴下が来て、お留めなさると思ってね、それを便りにしていますよ。 まあ、同じようで不思議だから、これから別れて帰りましたら、私もまた、月夜にお濠端を歩行きましょ・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・岩淵の渡場手前に、姉の忰が、女房持で水呑百姓をいたしておりまして、しがない身上ではありまするけれど、気立の可い深切ものでございますから、私も当にはしないで心頼りと思うております。それへ久しぶりで不沙汰見舞に参りますと、狭い処へ一晩泊めてくれ・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・民子はあなたが情の力を便りにあの世へゆきます。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」 僕は懐にあった紙の有りたけを力杖に結ぶ。この時ふっと気がついた。民さんは野菊が大変好きであったに野菊を掘ってきて植えればよかった。いや直ぐ掘ってきて植えよう。こ・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ おとよはどんな悲しい事があっても、つらい事があっても、省作の便りを見、まれにも省作に逢うこともあれば、悲しいもつらいも、心の底から消え去るのだから、よそ目に見るほど泣いてばかりはいない。例の仕事上手で何をしても人の二人前働いている。・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・私達は、もう長い間、この淋しい、話をするものもない、北の青い海の中で暮らして来たのだから、もはや、明るい、賑かな国は望まないけれど、これから産れる子供に、こんな悲しい、頼りない思いをせめてもさせたくないものだ。 子供から別れて、独りさび・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
・・・……私たちは、もう長い間、このさびしい、話をするものもない、北の青い海の中で暮らしてきたのだから、もはや、明るい、にぎやかな国は望まないけれど、これから産まれる子供に、せめても、こんな悲しい、頼りない思いをさせたくないものだ。…… 子供・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
出典:青空文庫