・・・往来に面した客間の隅には小さいピアノが一台あり、それからまた壁には額縁へ入れたエッティングなども懸っていました。ただ肝腎の家をはじめ、テエブルや椅子の寸法も河童の身長に合わせてありますから、子どもの部屋に入れられたようにそれだけは不便に思い・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・これほど手垢さえつかずにいたらば、このまま額縁の中へ入れても――いや、手垢ばかりではない。何か大きい10の上に細かいインクの楽書もある。彼は静かに十円札を取り上げ、口の中にその文字を読み下した。「ヤスケニシヨウカ」 保吉は十円札を膝・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・その壁には額縁の中に、五十何歳かのレムブラントが、悠々と少将を見下していた。「あれは別です。N将軍と一しょにはなりません。」「そうか? じゃ仕方がない。」 少将は容易に断念した。が、また葉巻の煙を吐きながら、静かにこう話を続けた・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・の写真が一枚小さい額縁の中にはいっている。初ちゃんは少しもか弱そうではない。小さい笑窪のある両頬なども熟した杏のようにまるまるしている。……… 僕の父や母の愛を一番余計に受けたものは何と云っても「初ちゃん」である。「初ちゃん」は芝の新・・・ 芥川竜之介 「点鬼簿」
・・・ 僕はバラックの壁にかけた、額縁のない一枚のコンテ画を見ると、迂濶に常談も言われないのを感じた。轢死した彼は汽車の為に顔もすっかり肉塊になり、僅かに唯口髭だけ残っていたとか云うことだった。この話は勿論話自身も薄気味悪いのに違いなかった。・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・あの人が上る所に、本なりカンヴァスなりを、のせればよいのです。額縁や製本も、少しは測定上邪魔になるそうですが、そう云う誤差は後で訂正するから、大丈夫です。」「それはとにかく、便利なものですね。」「非常に便利です。所謂文明の利器ですな・・・ 芥川竜之介 「MENSURA ZOILI」
・・・によって、近代劇的な額縁の中で書かれていた近代小説に、花道をつけ、廻り舞台をつけ、しかもそれを劇と見せかけて、実はカメラを移動させれば、観客席も同時にうつる劇中劇映画であり、おまけにカメラを動かしている作者が舞台で役者と共に演じている作者と・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・ がらす砕け失せし鏡の、額縁めきたるを拾いて、これを焼くは惜しき心地すという児の丸顔、色黒けれど愛らし。されどそはかならずよく燃ゆとこの群の年かさなる子、己のが力にあまるほどの太き丸太を置きつついえり。その丸太は燃えじと丸顔の子いう。い・・・ 国木田独歩 「たき火」
・・・何かごとごと言わせて戸棚を片づける音、画架や額縁を荷造りする音、二階の部屋を歩き回る音なぞが、毎日のように私の頭の上でした。私も階下の四畳半にいてその音を聞きながら、七年の古巣からこの子を送り出すまでは、心も落ちつかなかった。仕事の上手なお・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・大半、幼にして学を好み、長ずるに及んで立志出郷、もっぱら六法全書の糞暗記に努め、質素倹約、友人にケチと言われても馬耳東風、祖先を敬するの念厚く、亡父の命日にはお墓の掃除などして、大学の卒業証書は金色の額縁にいれて母の寝間の壁に飾り、まことに・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
出典:青空文庫