・・・首の細い脚の巨大な裸婦のデッサンがいちまい、まるいガラス張りの額縁に収められ、鏡台のすぐ傍の壁にかけられていた。これはマダムの部屋なのであろう。まだ新しい桑の長火鉢と、それと揃いらしい桑の小綺麗な茶箪笥とが壁際にならべて置かれていた。長火鉢・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・鏡は金粉を塗った額縁に収められているのである。北側の入口には赤と黒との縞のよごれたモスリンのカアテンがかけられ、そのうえの壁に、沼のほとりの草原に裸で寝ころんで大笑いをしている西洋の女の写真がピンでとめつけられていた。南側の壁には、紙の風船・・・ 太宰治 「逆行」
・・・父も、会社の応接間の画を、はじめは、いやがって会社の物置にしまわせていたのだそうですが、こんどは、それを家へ持って来て、額縁も、いいのに変えて、父の書斎に掛けているのだそうです。池袋の大姉さんも、しっかりおやり等と、お手紙を下さるようになり・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・むかし、尾崎紅葉もここへ泊ったそうで、彼の金色夜叉の原稿が、立派な額縁のなかにいれられて、帳場の長押のうえにかかっていた。 私の案内された部屋は、旅館のうちでも、いい方の部屋らしく、床には、大観の雀の軸がかけられていた。私の服装がものを・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・床柱に、写楽の版画が、銀色の額縁に収められて掛けられていた。それはれいの、天狗のしくじりみたいな、グロテスクな、役者の似顔絵なのである。「似ているでしょう? 先生にそっくりですよ。きょうは先生が来るというので、特にこれをここに掛けて置い・・・ 太宰治 「母」
・・・それだけ安易な心持で自然に額縁の中の世界へ這入って行けるように思う。じっと見ていると、何かしら嬉しいような有難いような気がして来る。ほんとうに描いた人の心持が、見ている自分の心に滲み込んで来るように思う。 どういう訳だか分らないが、あの・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
木枯らしの夜おそく神保町を歩いていたら、版画と額縁を並べた露店の片すみに立てかけた一枚の彩色石版が目についた。青衣の西洋少女が合掌して上目に聖母像を見守る半身像である。これを見ると同時にある古いなつかしい記憶が一時に火をつ・・・ 寺田寅彦 「青衣童女像」
・・・それをかれこれ三十年後の今日思いもかけぬ東京の上野の美術館の壁面にかかった額縁の中に見いだしたわけである。 生まれる前に別れたわが子に三十年後にはじめてめぐり会った人があったとしたら、どんな心持ちがするものか、それは想像はできないが、そ・・・ 寺田寅彦 「庭の追憶」
・・・粗末な額縁をはめてもらってその上を大事に新聞で包んで店を出た時は、心臓が高い音を立てて踊っていた。 帰り途に旧城の後ろを通った。御城の杉の梢は丁度この絵と同じようなさびた色をして、お濠の石崖の上には葉をふるうた椋の大木が、枯菰の中のつめ・・・ 寺田寅彦 「森の絵」
書物に於ける装幀の趣味は、絵画に於ける額縁や表装と同じく、一つの明白な芸術の「続き」ではないか。彼の画面に対して、あんなにも透視的の奥行きをあたへたり、適度の明暗を反映させたり、よつて以てそれを空間から切りぬき、一つの落付・・・ 萩原朔太郎 「装幀の意義」
出典:青空文庫