・・・その時、私を連れて行ってくれた人というのは、映画界の余程の顔役らしく、私たちはその日たいへん歓迎されました。うしろに二人、でっぷり太った男が立っているでしょう? 眼鏡をかけているのが、その顔役の人で、もうひとりの、色の白いのが撮影所の所長で・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・況んや、東京で三年、苦学して法律をおさめたそのような経歴を持ったとあれば、村の顔役の一人に、いやでも押されるのである。田舎者の出世の早道は、上京にある。しかも、その田舎者は、いい加減なところで必ず帰郷するのである。そこが秘訣だ。その家族と喧・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・彼らは三吉らより五つ六つ年輩でもあり、土地の顔役でもあって、普通選挙法実施の見透しがいよいよ明らかになると、露骨に彼ら流儀の「議会主義」へとすすんでいた。「竹びしゃくなんかつくらんでも、わしが工場ではたらくがええ」 高坂がそういって・・・ 徳永直 「白い道」
・・・ 顔役で、部長の勘助が兵児帯をなおしながら立ち上った。「ちょっくら見て来べえ、万一何事かおっ始まってるに、おれたちゃあ酒くらって知んねえかったといわれたらなんねえ」 勘助が、もう一人と暗い土間で履物を爪先探りしている時、けたたま・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・識ろうとする欲求によってではなく、社交上の情勢によって、顔役として坐っていた。○アングロサクソン人の、ロシア及ドイツに対する無智な偏見。○イギリスとアメリカの短篇小説の違い、主としてテクニック上より。 東京会館で夕飯。お濠の景色・・・ 宮本百合子 「狐の姐さん」
・・・ チョンチョンと下足札を鳴らすが、小屋は満員で、騒然としていて、顔役は、まがい猟虎の襟付外套で股火をし、南京豆の殼が処嫌わず散らかっているだけだ。山塞の頭になった役者が粗末な舞台で、「ええ、きりきりあゆめえ!」と声を搾って大見得・・・ 宮本百合子 「山峡新春」
「水中の町」 モチズキ ヨシ 全体メロドラマ的にあつかわれすぎている。ヤミ屋の親分、子分、水中の町の顔役、その結たくがたて糸となっていて町のあたりまえの人たちの水中生活の姿が浮び出ないしそこで赤旗をも・・・ 宮本百合子 「予選通過作品選評」
出典:青空文庫