・・・文芸の上に階級意識がそう顕著に働くものではないという理窟は、概念的には成り立つけれども、実際の歴史的事実を観察するものは、事実として、階級意識がどれほど強く、文芸の上にも影響するかを驚かずにはいられまい。それを事実に意識したものが文芸にたず・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・わたる生活と習慣とが馴致したもので、両階級の間には、生活様式の上にも、それから醸される思想の上にも、容易に融通しがたい懸隔のあることを感じ、現在においてはそれがブルジョアとプロレタリアの二階級において顕著に現われているのを見るという前提を頭・・・ 有島武郎 「片信」
・・・とくに夫婦の関係などは最も顕著な相違がありはすまいか。夫婦の者が深くあいたよって互いに懐しく思う精神のほとんど無意識の間にも、いつも生き生きとして動いているということは、処世上つねに不安に襲われつつある階級の人に多く見るべきことではあるまい・・・ 伊藤左千夫 「去年」
・・・よくあることではじめは気にならなかったが、プログラムが終わりに近づいてゆくにつれてそれはだんだん顕著になって来た。明らかに今夜は変だと私は思った。私は疲れていたのだろうか? そうではなかった。心は緊張し過ぎるほど緊張していた。一つの曲目が終・・・ 梶井基次郎 「器楽的幻覚」
・・・―― そして吉田は自分は今はこんな田舎にいてたまにそんなことをきくから、いかにもそれを顕著に感ずるが、自分がいた二年間という間もやはりそれと同じように、そんな話が実に数知れず起こっては消えていたんだということを思わざるを得ないのだった。・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・荘園の争奪と、地頭の横暴とが最も顕著な時代相の徴候であった。 日蓮の父祖がすでに義しくして北条氏の奸譎のために貶せられて零落したものであった。資性正大にして健剛な日蓮の濁りなき年少の心には、この事実は深き疑団とならずにはいなかったろう。・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・自身の罪の意識の強さは、天才たちに共通の顕著な特色のようであります。あなたにとって、一日一日の生活は、自身への刑罰の加重以外に、意味が無かったようでありました。午前一ぱいを生き切る事さえ、あなたにとっては、大仕事のようでありました。私は、「・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・その一つには、私が小さい時から人なかへ出ることを億劫がり、としとってからもその悪癖が直るどころか、いっそう顕著になって、どうしても出席しなければならぬ会合にも、何かと事を構えて愚図愚図しぶって欠席し、人には義理を欠くことの多く、ついには傲慢・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・不思議なくらいに顕著なおでこと、鉄縁の小さな眼鏡とたいへんなちぢれ毛と、尖った顎と、無精鬚。皮膚は、大仰な言いかたをすれば、鶯の羽のような汚い青さで、まったく光沢がなかった。その男が赤毛氈の縁台のまんなかにあぐらをかいて坐ったまま大きい碾茶・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
私の数ある悪徳の中で、最も顕著の悪徳は、怠惰である。これは、もう、疑いをいれない。よほどのものである。こと、怠惰に関してだけは、私は、ほんものである。まさか、それを自慢しているわけではない。ほとほと、自分でも呆れている。私・・・ 太宰治 「懶惰の歌留多」
出典:青空文庫