・・・もちろん進化論者に云わせるとこの願望も長い間に馴致発展し来ったのだと幾分かその発展の順序を示す事ができるかも知れない。と云うものはそんな傾向をもっておらないようなもの、その傾向に応じて世の中に処して来なかったものは皆死んでしまったので、今残・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・この痛切な願望を、胸に抱かない一人の婦人もあり得まい。戦争をひきおこす日本の反動勢力を、私たちの社会から排除する、ということは、架空の道を通って実現することではない。今ここに提出されているいくつかの問題を、事実上私たちの発意と、集結された民・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・それは、一人一人のひとが、自分のまともに生きようとする願望について不屈であることである。過去の文学談では、こういう問題は、文学以前のことという風に扱われる習慣があった。いまでも、そういう流儀はのこっている。しかし、それは間違っている。 ・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
・・・社会生活そのものの成長のあらわれとして、友情の可能が見られるものである以上、この願望には個人のひそかな願い以上のものがあると思う。同時に、個人のひそかな願いだけでは解決されきれない要素もこもっているということになるのである。 これは・・・ 宮本百合子 「異性の間の友情」
・・・ 近代の文化は解放された人としての女性に、箇性の尊重と、人格完成の願望とを自覚させた。無論は、女性が昔の偏狭な、恥辱的な性的差別に支配、圧迫された生活から脱して、一箇の尊敬すべき独立的人格者として生活すべき事を他人にも我にも承認させた。・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・心のいきさつを描きたいことは全作家のひとしき願望ではあるが、著書もそれが社会性乏しくきわめて個人的なものであることを認めている反省的心理叙述を、横光利一のみでなく、私も一人の作家として同じく念願していると推定されるとすれば、それは現実の事情・・・ 宮本百合子 「芸術が必要とする科学」
・・・よしやその泉の上に岩のおもしがおかれて人目からその清冽な姿がかくされていようとも、また、小ざかしく虚無を真似て自分からその泉の小さい燦きに目をそむけていようとも、やっぱりよく生きたい、という願望の実在は消されない。 よく生きたいという女・・・ 宮本百合子 「『この心の誇り』」
・・・うとしている本が消化されるのは、女性が置かれている新しい社会的な境遇について、自分たちにあるあれこれの問題について知りたい、自分たちの生活に問題があることを肯定してリアルに語る言葉にふれてみたいという願望からであると思われる。 女性の書・・・ 宮本百合子 「女性の書く本」
・・・それだからどうぞ殿様に殉死を許して戴こうという願望は、何物の障礙をもこうむらずにこの男の意志の全幅を領していたのである。 しばらくして長十郎は両手で持っている殿様の足に力がはいって少し踏み伸ばされるように感じた。これはまただるくおなりに・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ 天を突こうとするような大きな願望は、いじけた根からは生まれるはずがない。 偉大なものに対する崇敬は、また偉大なる根に対する崇敬であることを考えてみなければならぬ。六 根のためには、できるならば、地の質をえらばなくて・・・ 和辻哲郎 「樹の根」
出典:青空文庫