・・・これは勿論一つには、彼の蒲柳の体質が一切の不摂生を許さなかったからもありましょうが、また一つには彼の性情が、どちらかと云うと唯物的な当時の風潮とは正反対に、人一倍純粋な理想的傾向を帯びていたので、自然と孤独に甘んじるような境涯に置かれてしま・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・この悪い風潮は黙々として、自己の生産に従事しつゝある、あらゆる階級にまで瀰漫せんとしつゝあります。 私は、児童芸術に没頭していますが、真に、児童の世界を擁護し、児童のためにつくす施設に乏しいのを感ぜずにいられません。浅薄なイデオロギーに・・・ 小川未明 「文化線の低下」
・・・「現代医界の悪風潮」「只眼中金あるのみ」などとこれをちょっと変えれば、そのまま川那子メジシンに適用できるような題目の下に、冒頭からいきなり――現代の医者は鬼である。彼等は金儲けのためには義理人情もない云々と書き立て、――それに比べると川那子・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・デカダンスの作家ときめられたからとて、慌てて時代の風潮に迎合するというのも、思えば醜体だ。不良少年はお前だと言われるともはやますます不良になって、何だいと尻を捲くるのがせめてもの自尊心だ。闇に葬るなら葬れと、私は破れかぶれの気持で書き続けて・・・ 織田作之助 「世相」
・・・唯、不幸にして描かれた男女の世界が、当代の風潮に反していたことと、それに、あの中の大阪的なものが、東京の評家の神経にふれて、その点が妙な反感となったのかも知れないと思う。これは、織田氏にとっては単なる不幸として片附け得ると思う。東京の評家と・・・ 織田作之助 「東京文壇に与う」
・・・ 文芸を愛好する故に倫理学を軽視するという知識青年の風潮は確かに青年層の人格的衰弱の徴候といわねばならぬ。 四 社会運動と倫理学 青年層にはまた倫理学を迂遠でありとし、象牙の塔に閉じこもって、現実の世相を知らない・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・の如き、日清戦争後の軍人が、ひどく幅をきかした風潮を、皮肉りあてこすっている作品でも、将校はいゝのだが、下士以下が人の娘や、後家や、人妻を翫弄し堕落させるとしている。将校は営外に居住し得、妻帯し得るのに対して、下士以下兵卒は兵営に居住しなけ・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・時代の風潮は左母二郎のようなのを愛して居るのであります。また、谷峨という作者の書いたものや、振鷺亭などという人の書いたものを見ますれば、左母二郎くさい、イヤな男が、むしろ讃称され敬愛される的となって篇中に現われて居るのを発見するのでありまし・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・当時の青年はこう一体に、何れも政治思想を懐くというような時で、北村君もその風潮に激せられて、先ず政治家になろうと決したのだが、その後一時非常に宗教に熱した時代もあった。北村君のアンビシャスであった事は、自ら病気であると云ったほど、激しい性質・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・現代の風潮の一端を見た、と思った。しらじらしいほど、まじめな世紀である。押すことも引くこともできない。家へ帰り、私は再び唖である。黙って妻に、いくぶん軽くなった財布を手渡し、何か言おうとしても、言葉が出ない。お茶漬をたべて、夕刊を読んだ。汽・・・ 太宰治 「鴎」
出典:青空文庫