・・・岡林杢之助殿なども、昨年切腹こそ致されたが、やはり親類縁者が申し合せて、詰腹を斬らせたのだなどと云う風評がございました。またよしんばそうでないにしても、かような場合に立ち至って見れば、その汚名も受けずには居られますまい。まして、余人は猶更の・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・当時相当な名声のあった楢山と云う代言人の細君で、盛に男女同権を主張した、とかく如何わしい風評が絶えた事のない女です。私はその楢山夫人が、黒の紋付の肩を張って、金縁の眼鏡をかけながら、まるで後見と云う形で、三浦の細君と並んでいるのを眺めると、・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・更に甚しい場合を挙げれば、以前或名士に愛されたと云う事実乃至風評さえ、長所の一つに数えられるのである。しかもあのクレオパトラは豪奢と神秘とに充ち満ちたエジプトの最後の女王ではないか? 香の煙の立ち昇る中に、冠の珠玉でも光らせながら、蓮の花か・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・が、沼南の帰朝が近くなるに従って次第に風評が露骨になって、二、三の新聞の三面に臭わされるようになった。 その頃沼南の玄関にYという書生がいた。文学志望で夙くから私の家に出入していた。沼南が外遊してからは書生の雑用が閑になったからといって・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・されども初めて彼女と約する時、余はよく彼女の性質素行の如何なるものかを知り、彼女が世上に種々なる風評を伝へらるゝとも決して之を以て煩ひとなす事なく永く相信ずべきを以てせり。而して此度の事、事甚大にして既に疑惑を挾むべき余地なきが如きも、未だ・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・ 益々その範囲を拡大するという風評と図書課長談として同様の意嚮の洩されたことは、事実指名をされなかった窪川夫妻などの執筆場面をも封鎖した結果になっている。 一月十七日中野重治と自分とが内務省警保局図書課へ、事情をききに出かけた。課長・・・ 宮本百合子 「一九三七年十二月二十七日の警保局図書課のジャーナリストとの懇談会の結果」
・・・とする『新生活』という雑誌を編輯してレーニンに対するブルジョア世界のデマゴギーに対して闘いつつも、一方彼の政策に対して必ずしも一致はしていない自身の見解をも披瀝していたから、このイタリー行はさまざまの風評を生んだ。レーニンはそれらの悪意から・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイによって描かれた婦人」
出典:青空文庫