・・・その淋しい路ばたに、風車売りの荷が一台、忘れられたように置いてあった。ちょうど風の強い曇天だったから、荷に挿した色紙の風車が、皆目まぐるしく廻っている。――千枝子はそう云う景色だけでも、何故か心細い気がしたそうだが、通りがかりにふと眼をやる・・・ 芥川竜之介 「妙な話」
・・・しゅくしゃ結びに、ささ結び、やましな結びに風車。瓢箪に宿る山雀、胡桃にふける友鳥……「いまはじめて相分った。――些少じゃが餌の料を取らせよう。」 小春の麗な話がある。 御前のお目にとまった、謡のままの山雀は、瓢箪を宿とする。・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・「暦」「風車」などにさながらにかかれているところであるが、瀬戸内海のうちの同じ島でも、私の村はそのうちの更に内海と称せられる湖水のような湾のなかにあるので、そこから丘を一つ越えてここへ来るとやや広々とした海と、その向うの讃岐阿波の連山へ見晴・・・ 黒島伝治 「短命長命」
・・・その他には、何もありません。風車が悪魔に見えた時には、ためらわず悪魔の描写をなすべきであります。また風車が、やはり風車以外のものには見えなかった時は、そのまま風車の描写をするがよい。風車が、実は、風車そのものに見えているのだけれども、それを・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・その他には、何もありません。風車が悪魔に見えた時には、ためらわず悪魔の描写をなすべきであります。また風車が、やはり風車以外のものには見えなかった時は、そのまま風車の描写をするがよい。風車が、実は、風車そのものに見えているのだけれども、それを・・・ 太宰治 「芸術ぎらい」
・・・さまざまの挨拶の言葉が小さいセルロイドの風車のように眼にもとまらぬ速さで、くるくると頭の中で廻転した。風車がぴたりと停止した時、「ありがとう!」明朗な口調で青年が言った。 私もはっきり答えた。「ハバカリサマ。」 それは、どん・・・ 太宰治 「作家の手帖」
・・・自分の能力を計らないで六かしい学問に志していっぱしの騎士になったつもりで武者修行に出かけて、そうしてつまらない問題ととっ組み合って怪物のつもりでただの羊を仕とめてみたり、風車に突きかかって空中に釣り上げられるような目に会ったことはなかったか・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ゆるやかに波を打つ地面には麦畑らしい斑点や縞が見え、低い松林が見え、ポプラの並み木が見え、そして小高い丘の頂上には風車小屋があって、その大きな羽根がゆるやかに回転しながら朝日にキラキラしていた。それは自分の頭の中でさまざまな美しい夢と結びつ・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ その晩の夢の奇麗なことは、黄や緑の火が空で燃えたり、野原が一面黄金の草に変ったり、たくさんの小さな風車が蜂のようにかすかにうなって空中を飛んであるいたり、仁義をそなえた鷲の大臣が、銀色のマントをきらきら波立てて野原を見まわったり、ホモ・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・「それがら、風車もぶっ壊さな。」 すると又三郎は今度こそはまるで飛びあがって笑ってしまいました。笑って笑って笑いました。マントも一緒にひらひら波を立てました。「そうらごらん、とうとう風車などを云っちゃった。風車なら僕を悪く思っち・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
出典:青空文庫