・・・古典な能の狂言も、社会に、尖端の簇を飛ばすらしい。けれども、五十歩にたりぬ向うの辻の柳も射ない。のみならず、矢竹の墨が、ほたほたと太く、蓑の毛を羽にはいだような形を見ると、古俳諧にいわゆる――狸を威す篠張の弓である。 これもまた……面白・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・北も南も吹荒んで、戸障子を煽つ、柱を揺ぶる、屋根を鳴らす、物干棹を刎飛ばす――荒磯や、奥山家、都会離れた国々では、もっとも熊を射た、鯨を突いた、祟りの吹雪に戸を鎖して、冬籠る頃ながら――東京もまた砂埃の戦を避けて、家ごとに穴籠りする思い。・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・れば、自分の庭にもそれより大きないちじくの樹があって、子供はいつもこッそりそのもとに行って、果の青いうちから、竹竿をもってそれをたたき落すのだが、妻がその音を聴きつけては、急いで出て来て、子供をしかり飛ばす。そんな時には「お父さん」の名が引・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 磯辺には、岩にぶつかって波がみごとに砕けては、水銀の珠を飛ばすように、散っていました。 猟師たちは唄をうたいながら、艪をこいだり、網を投げたりしていますと、急に雲が日の面をさえぎったように、太陽の光をかげらしました。 みんなは・・・ 小川未明 「黒い人と赤いそり」
・・・ その調子を撥ね飛ばすように豹一は、「勝手なお世話です」「子供のくせに……」 と言いかけたが、巧い言葉が出ないので、紀代子は、「教護聯盟にいいますよ」 と、近ごろ校外の中等学生を取締っている役人を持ちだした。「い・・・ 織田作之助 「雨」
・・・いっそ蛍を飛ばすなら、祇園、先斗町の帰り、木屋町を流れる高瀬川の上を飛ぶ蛍火や、高台寺の樹の間を縫うて、流れ星のように、いや人魂のようにふっと光って、ふっと消え、スイスイと飛んで行く蛍火のあえかな青さを書いた方が、一匹五円の闇蛍より気が利い・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・それは日のよくあたる風の吹く、ほどよい湿度と温度が幸いする日、杉林が一斉に飛ばす花粉の煙であった。しかし今すでに受精を終わった杉林の上には褐色がかった落ちつきができていた。瓦斯体のような若芽に煙っていた欅や楢の緑にももう初夏らしい落ちつきが・・・ 梶井基次郎 「蒼穹」
・・・の全文を、黒板に書き写し、ひどく興奮なされて、一時間、叱り飛ばすような声で私を、ほめて下さいました。私は息がくるしくなって、眼のさきがもやもや暗く、自分のからだが石になって行くような、おそろしい気持が致しました。こんなに、ほめられても、私に・・・ 太宰治 「千代女」
・・・すなわち、かみつく、引っかく、振り飛ばすというのである。ところが、水牛となるとだいぶ人間とは流儀が違う。頭を低くたれて、あの大きな二本の角を振り舞わすところは、ちょっと薙刀でも使っているような趣がある。鋒先の後方へ向いた角では、ちょっと見る・・・ 寺田寅彦 「映画「マルガ」に現われた動物の闘争」
・・・それのみならず暇さえあればあと足を上げては何かを振り飛ばすような動作をする。ちょっとすわったかと思うと、また歩きだしてはすぐにすわる、また歩きだす。しょっちゅう身もだえをして落ち着けないように見える。一夜、この猫が天鵞絨張りの椅子の上にすわ・・・ 寺田寅彦 「破片」
出典:青空文庫