『何か面白い事はないか?』『俺は昨夜火星に行って来た』『そうかえ』『真個に行って来たよ』『面白いものでもあったか?』『芝居を見たんだ』『そうか。日本なら「冥途の飛脚」だが、火星じゃ「天上の飛脚」でも演るんだろう?・・・ 石川啄木 「火星の芝居」
・・・越後へ行く飛脚だによって、脚が疾い。今頃はもう二股を半分越したろう、と小窓に頬杖を支いて嘲笑った。 縁の早い、売口の美い別嬪の画であった。主が帰って間もない、店の燈許へ、あの縮緬着物を散らかして、扱帯も、襟も引さらげて見ている処へ、三度・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・また徳川の時代に、江戸にいて奥州の物を用いんとするに、飛脚を立てて報知して、先方より船便に運送すれば、到着は必ず数月の後なれども、ただその物をさえ得れば、もって便利なりとして悦びしことなれども、今日は一報の電信に応じて、蒸気船便に送れば、数・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・の暮仏に化る狸かな戸を叩く狸と秋を惜みけり石を打狐守る夜の砧かな蘭夕狐のくれし奇楠をん小狐の何にむせけん小萩原小狐の隠れ顔なる野菊かな狐火の燃えつくばかり枯尾花草枯れて狐の飛脚通りけり水仙に狐遊ぶや宵月夜・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・のなくなったことをよろこんだ。飛脚でない郵便ができたことは珍しかった。それらすべてのことを出来したのは誰の力であるとその当時の人民は教えられたろう。それはそれまで人民の主人であった公方と藩主とをはっきり臣下とよぶ天皇であり、その制度であると・・・ 宮本百合子 「平和への荷役」
・・・晴れしい行列に前後を囲ませ、南より北へ歩みを運ぶ春とともに、江戸を志して参勤の途に上ろうとしているうち、はからず病にかかって、典医の方剤も功を奏せず、日に増し重くなるばかりなので、江戸へは出発日延べの飛脚が立つ。徳川将軍は名君の誉れの高い三・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・灸はまた縁側に立って暗い外を眺めていた。飛脚の提灯の火が街の方から帰って来た。びしょ濡れになった犬が首を垂れて、影のように献燈の下を通っていった。 宿の者らの晩餐は遅かった。灸は御飯を食ぺてしまうともう眠くなって来た。彼は姉の膝の上へ頭・・・ 横光利一 「赤い着物」
出典:青空文庫