・・・もし『幸福』を掴まえる気ならば、一思いに木馬を飛び下りるが好い。――」「まさかほんとうに飛び下りはしまいな?」 からかうようにこういったのは、木村という電気会社の技師長だった。「冗談いっちゃいけない。哲学は哲学、人生は人生さ。―・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・その拍子に膝の三毛猫は、彼女の膝を飛び下りると、毛並みの美しい背を高くして、快さそうに欠伸をした。「そんな気は誰でも致すものでございますよ。爺やなどはいつぞや御庭の松へ、鋏をかけて居りましたら、まっ昼間空に大勢の子供の笑い声が致したとか・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・と同時に土工たちは、身軽にトロッコを飛び降りるが早いか、その線路の終点へ車の土をぶちまける。それから今度はトロッコを押し押し、もと来た山の方へ登り始める。良平はその時乗れないまでも、押す事さえ出来たらと思うのである。 或夕方、――それは・・・ 芥川竜之介 「トロッコ」
・・・と大きな声をかけながら、砂の上へ飛び下りると、チョッキばかりに運動帽をかぶった姿を、自分たちの中に現して、「どうだね、今度来た毛利先生は。」と云う。丹波先生はやはり自分たちの級に英語を教えていたが、有名な運動好きで、兼ねて詩吟が上手だと・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・あいにく神通がないので、これは当然に障子を開け、また雨戸を開けて、縁側から庭へ寝衣姿、跣足のままで飛下りる。 戸外は真昼のような良い月夜、虫の飛び交うさえ見えるくらい、生茂った草が一筋に靡いて、白玉の露の散る中を、一文字に駈けて行くお雪・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・しかし飛び下りるあたりに石があるか、材木があるか、それはその石垣の出っ鼻まで行かねば知ることができなかった。非常な速さでその危険が頭に映じた。 石垣の鼻のザラザラした肌で靴は自然に止った。それはなにかが止めてくれたという感じであった。全・・・ 梶井基次郎 「路上」
・・・そしてこれも顔を赤くホテらした断髪の娘は、土堤から畑の中へ飛び下りると、其処此処の嫌いなく、麦の芽を、踏みしだきながら、喚めいた。「チロルや、チロルや」 五 善ニョムさんは、もう勘弁出来なかった。麦の芽達は、無惨・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・彼は寝台から飛び降りると、床の上へべたりと腹を押しつけた。彼の寝衣の背中に刺繍されたアフガニスタンの金の猛鳥は、彼を鋭い爪で押しつけていた。と、見る間に、ナポレオンの口の下で、大理石の輝きは彼の苦悶の息のために曇って来た。彼は腹の下の床石が・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫