・・・若者の身のまわりには白い泡がきらきらと光って、水を切った手が濡れたまま飛魚が飛ぶように海の上に現われたり隠れたりします。私はそんなことを一生懸命に見つめていました。 とうとう若者の頭と妹の頭とが一つになりました。私は思わず指を口の中から・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・ その景色の上を、追込まれの坊主が、鰭のごとく、キチキチと法衣の袖を煽って、「――こちゃただ飛魚といたそう――」「――まだそのつれを言うか――」「――飛魚しょう、飛魚しょう――」 と揚幕へ宙を飛んだ――さらりと落す、幕の・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・これに鴎が飛んでいたと書けば都合よけれども飛魚一つ飛ばねば致し方もなし。舟傾く時海また傾いて深黒なる奔潮天と地との間に向って狂奔するかと思わるゝ壮観は筆にも言語にも尽すべきにあらず。甲の浦沖を過ぐと云う頃ハッチより飯櫃膳具を取り下ろすボーイ・・・ 寺田寅彦 「東上記」
出典:青空文庫