・・・忘れもしねえが、何でもあれは清元の師匠の花見の時だっけ、飛鳥山の茶店で多勢芸者や落語家を連れた一巻と落ち合って、向うがからかい半分に無理強いした酒に、お前は恐ろしく酔ってしまって、それでも負けん気で『江戸桜』か何か唄って皆をアッと言わせた、・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・一度は会社の同僚と、園子も一緒に伴って、飛鳥山へ行った。「それじゃ花も散ってしまうし、また暑くなって悪いわ。」と園子は気の毒そうに云った。「明日でも私御案内しますわ。」 両人は園子に案内して貰うのだったら全然気がすゝまなかっ・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・ 上野の桜は都下の桜花の中最早く花をつけるものだと言われている。飛鳥山隅田堤御殿山等の桜はいずれも上野につぐものである。之を小西湖佳話について見るに、「東台ノ一山処トシテ桜樹ナラザルハ無シ。其ノ単弁淡紅ニシテ彼岸桜ト称スル者最多シ。古又・・・ 永井荷風 「上野」
・・・すると進水式の雑然たる光景を雑然と叙べて知らぬ顔をしている。飛鳥山の花見をかく、踊ったり、跳ねたり、酣酔狼藉の体を写して頭も尾もつけぬ。それで好いつもりである。普通の小説の読者から云えば物足らない。しまりがない。漠然として捕捉すべき筋が貫い・・・ 夏目漱石 「写生文」
・・・この一行は根岸を出て田端から汽車に乗って、飛鳥山の桜を一見し、それからあるいて赤羽まで往て、かねて碧梧桐が案内知りたる汽車道に出でて土筆狩を始めたそうな。自分らの郷里では春になると男とも女とも言わず郊外へ出て土筆を取ることを非常の楽しみとし・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
出典:青空文庫