・・・身の疲労はいちじるしかったと、それも不幸の一つの原因としていわれているが、もしそれがそんなにはっきり誰の目にも映じているとしたら、新鮮だと断言出来ないような卵をきまった船の献立だからといって、形式的に食わせる不親切な心持を感じる。 もう・・・ 宮本百合子 「龍田丸の中毒事件」
・・・一定の文学的力量は、比較的たやすく彼及び彼女たちを食わせるようになる。けれども、その食わせかたは、日本的水準で、謂わば、手から口へ、という状態からあまり遠くない。一人の作家が、時流におされて、或る程度日常生活を世俗的に膨脹させてしまうと、そ・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・ ――………… ――今日び馬を食わせるにいくらかかると思いなさる? 内外へ飛び交っていた日本女の思考力は、はっきり御者の上へ集注されはじめた。――おやこいつ、ほんとに三ルーブリせしめる気か? ソヴェト・ロシアに「自動車化」と・・・ 宮本百合子 「モスクワの辻馬車」
・・・「劈頭第一に小言を食わせるなんぞは驚いたね。気持の好い天気だぜ。君の内の親玉なんぞは、秋晴とかなんとか云うのだろう。尤もセゾンはもう冬かも知れないが、過渡時代には、冬の日になったり、秋の日になったりするのだ。きょうはまだ秋だとして置くね・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・あの御機嫌の悪いのは、旨い物でも食わせると直るのだ」 九郎右衛門のこう云ったのも無理はない。三人は日ごとに顔を見合っていて気が附かぬが、困窮と病痾と羇旅との三つの苦艱を嘗め尽して、どれもどれも江戸を立った日の俤はなくなっているのである。・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・「そうすると文学の本に発売禁止を食わせるのは影を捉えるようなもので、駄目なのだろうかね。」 木村が犬塚の顔を見る目はちょいと光った。木村は今云ったような犬塚の詞を聞く度に、鳥さしがそっと覗い寄って、黐竿の尖をつと差し附けるような心持・・・ 森鴎外 「食堂」
出典:青空文庫