・・・もう午を過ぎた。食事の支度は女中に言いつけてあるが、姑が食べると言われるか、どうだかわからぬと思って、よめは聞きに行こうと思いながらためらっていた。もし自分だけが食事のことなぞを思うように取られはすまいかとためらっていたのである。 その・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・彼は食事の時刻が来ると、黙って匙にスープを掬い、黙って妻の口の中へ流し込んだ。丁度、妻の腹の中に潜んでいる死に食物を与えるように。 あるとき、彼は低い声でそっと妻に訊ねてみた。「お前は、死ぬのが、ちょっとも怖くはないのかね。」「・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・ 食事が済んだ時、それまで公爵夫人ででもあるように、一座の首席を占めていたおばさんが、ただエルリングはもう二十五年ばかりもこの家にいるのだというだけの事を話した。ひどく尊敬しているらしい口調で話して、その外の事は言わずにしまった。丁度親・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・初めおとなしく食事を取っていた子供は、何ゆえともわからない不満足のために、だんだん不機嫌になって、とうとうツマラない事を言い立ててぐずり出しました。こういう事になると子供は露骨に意地を張り通します。もちろん私は子供のわがままを何でも押えよう・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫